重なる環


並行して同時に存在する2つの世界。

一方には背に翼を宿す命が存在し、もう一方には翼を持たぬ命が存在する。

それぞれに息づく地で、日々の営みは続いていた。


キエヌで写真屋を営むランス。

ソファーで新聞を広げていると
とことこと小さな足音が聞こえてきた。

「どうぞ」

「ありがとう」

お茶を運んできたのは共に暮らすアージュ。

新聞を放してカップを取りテーブルに置く。

「ランス様、昨日はいつお帰りだったんですか」

「夜中近くになっちゃったかな。
 元帥府絡みの仕事じゃ
 途中抜けるわけにもいかないからね」

店は個人経営ながらも、代々元帥府からの仕事を受けてきた。

自分が店を持つことになった時
先代のような仕事はまだ早いと
元帥府御用達の看板は下ろしたものの
ごく稀にではあるが、声がかかる時がある。

「寝てるのに起こしちゃったかな」

「いえ、そうじゃないです。
 漬けこんである果物、だしておきますね。
 疲れてる時には甘い物がいいって、ききますし」

「そろそろ食べごろだっけ」

「きっと、甘くおいしくできてますよ」

のんびりとした、いつもと変わらない朝がすぎていく。

「それから、少し向こう側に行きたいんですけどいいですか?
 夜までには戻ってこれると思うんですけど」

「水の宮?」

「はい」

このキエヌには、同時に平行存在する
別世界への入り口がある。

湖に浮かぶ光の門。

アージュは元々、その湖にいた水の精霊である。

そしてランスは、キエヌで命を得キエヌに生きる人でありながら
はるか遠い昔を辿れば、湖を超えた向こう側に辿り着く。

両方の存在を知るランスの元に
身を寄せたアージュと2人で、すぎる日々を生きていた。

「僕のことは気にしないでいいよ。
 アージュにはアージュの都合があるんだから行っておいで」

「ありがとうございます。朝ごはん用意しますね」

くると向きを変えた後ろ姿を、ランスは優しく見送った。


朝食の後片付けまでを終え、アージュは湖を渡った。

まず向かったのは水の精霊の長が住まう宮。

「久しぶりじゃの、アージュ。変わりはないか」

「はい。ご無沙汰してしまってすみません」

「どこに住まおうと、変わらず健勝であればよい。
 精霊の宮は精霊のための場所。
 何かあれば、気兼ねなく足を向けるのだぞ」

「ありがとうございます」

「それでだな
 キエヌ側の精霊について少しばかり尋ねたいのだが」

「何でしょう。私でお答できることでしたら」

「目に見える形でなくとも、精霊の様子で
 そなたが気がついたことがあれば教えてほしい」

「気がついたことですか」

アージュはここしばらくを思い返してみた。

キエヌにおいて、精霊の動きは自然現象と密接に関わってくる。

変動は当たり前で
その当たり前を超える異常気象までは記憶にない。

だが、精霊が感じる精霊の様子と言われれば、無くはなかった。

「短期間ですけれど、活気づいたというか喜んでいるというか
 いいことでもあったのかなって、感じたことはありました。
 自然現象に繋がるといった
 キエヌの人々に影響がでるまでには、なりませんでした」

「ふむ、、、、それなりの変化はあったか」

温和な顔が少し考え込んだ。

「あの、何かあったんですか」

「アルムのアトリエが動き出したのじゃ」

「アルム、、、、あの伝説の精霊使いの」

精霊が持つ基礎効力を自在に操ることができる精霊使い。

精霊との信頼関係が前提となるその存在において
一際高名を謳われた精霊使いがいた。

名はアルム。

「そのアルムじゃ。
 過去に研究施設として使われていた場所が
 長い眠りから目覚めての」

「まあ。精霊たちは喜んだでしょう」

「喜ぶのはいいが、その喜びが過ぎた結果
 こちらとキエヌ側をつなぐ門に亀裂を生じさせてしまった」

「ではキエヌ側の精霊に変化を感じたのは
 その影響だったのですね」

「こちらの基礎効力が、いつもより多く流れ込んでしまった。
 悪影響を残さなかったのなら、よかった」

「伝説とまでなったアルムのアトリエ、、、、でもどうして」

「いろいろあっての。
 白銀と両統括に、まだ争っていた頃から続く想い
 様々が交差して重なった結果だ。
 まこと、心の綾糸とは不思議なものよ」

「、、、、」

「アトリエは、アルムが精霊と向き合うためにあった場所。
 好きに足を向けるがよい」

「わかりました」

「アージュ」

「はい」

宮の主はアージュを手招いた。

歩みを寄せたアージュをそっと抱きとめる。

「、、、、、」

「人の間で生きるそなたには辛いことも多かろう。
 この場所はいつでもそなたを待っているからの」

「あったかいです」

「アージュ、、、、」

母とも例えられる穏やかな海。

水の精霊が持つその温もりが優しくアージュを包んだ。

「大丈夫です。自分で決めたことだし。
 それにランス様と一緒だから」

「そうか」

腕を解いた宮の主は、アージュの手に精霊石を乗せた。

「持っていくがよい」

「ありがとうございます。また伺いますね」

「ランス殿にも息災でとな」

「はい」

小さな石に込められた大きな優しさを抱きしめて
アージュは水の宮をあとにした。












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