四重奏 〜 カルテット 〜


舞夢が出先から戻った頃にはすっかり陽が落ちていた。

急ぎ足で玄関をくぐると、外に出ようとした凪と会った。

「急いで支度するわね」

「ああ、、、お帰り。あの、、さ、悪いけど外で食べてくる」

「凪?」

歯切れの悪い物言いで、視線は舞夢から外れていた。

「工房で何かあったの?」

「いや、、、、」

「凪、話すだけでも気がまぎれるなら聞くわよ」

「姉さん」

「そのための家族じゃない。
 無理にとはいわないけど、塞ぎこまれても、ね」

心配をかけまいと黙ることのほうが心配させる。

自分のためにも、一緒にいる相手のためにも。

そんな言葉を思い出し、凪はゆっくりと口を開いた。

「工房のオーナーが変わるかもしれないんだ」

上が変われば方針も変わる。

それは、ローゼンタの在り方をも変えることになる。

職人にとっては大問題だ。

「決定なの?」

「いや、まだ決定とは言われてない。
 どんな相手なのかも親方は言ってなかった。
 ただ、ここ何日かの親方見てると
 あまりいい話じゃなさそうでさ。歓迎はしてないと思う」

「ローゼンタにとっていい結果にはならない。
 そう考えていらっしゃるのね」

「俺たちよりずっと長く関わってきたんだ。
 親方がそう思っているんなら、きっとそうなる」

「職人がいなければローゼンタは成り立たない。
 もし変わったとしても、それぐらいはわかってくれるでしょう」

「俺たちが口を挟めることじゃないけど、そう願うよ」

「いい結果になるよう祈るわ。いってらっしゃい。
 飲みすぎないでね」

「、、、、姉さん、たまには外で一緒にどうだい」

「凪、、、、1人になりたいから外にいくつもりだったんでしょう?」

「1人じゃ飲みすぎそうだし
 誰かがいてくれたほうが気がまぎれるから」

その裏には、舞夢への礼もあるのだろう。

気がついた舞夢は、素直に乗った。

「そうしましょうか。支度してくるわね」

一度部屋へ引き上げる舞夢を、凪は優しく見ていた。


同じ頃、フィエラと紅響の間でも同じ話題になっていた。

「従か否かは個人の問題ですが、影響が出ることは確かですね」

「もしあの人だったら」

「新しいオーナーに心当たりがあるのですか?」

「うん。あることはある」

親方の様子が変わったのは
バークレーが工房に姿を見せたあの日から。

もしバークレーが名乗りを上げているのなら歓迎はしない。

「いい相手ではなさそうですね」

「、、、、、」

「もしもフィエラの思ったとおりなら、どうなるのです?」

「嫌でも従うか、工房を辞めるか」

「異議申し立ては不可能なのですか?」

「どうしたって権限はオーナーが強いんだ。
 最後は嫌なら辞めろって言われるよ。
 、、、、、僕がどうこうじゃない。
 今のローゼンタを壊してほしくないんだ。
 ローゼンタの職人であること、皆誇りにしてる。
 皆、自分達の手で作った作品が好きだもの」

「フィエラ、、、、」

「どうなるんだろう、、、、」

先に対する不安が大きくなっていく。

と、不意に背中からそっと包まれた。

「紅響、、、、」

「わたくしは、何の力にもなれません。
 けれど、フィエラの状況がどう変わろうと
 わたくしは望んでくださる限り傍にいます」

「どう、、、、変わろうと」

「ええ。フィエラ、どんなに豪奢の物に囲まれようと
 人は物だけでは生きていけない。
 一番の不幸は、本当に独りになることなのですよ。
 言葉を交わす相手も、触れることのできる相手もいない。
 フィエラにだけは、そのような不幸が訪れないよう祈ります」

「、、、、、ありがとう」

その優しさを嬉しく思う。同時に誓った。

紅響は同じだけの辛い目にあってきた。それを忘れまいと。


宵闇の頃。紅響は部屋で月に向かい膝を折った。

「どうか、フィエラが傷つきませぬよう。身命をもって願い奉ります」

静かで強い祈りが夜の闇にとけていった。


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