


四重奏 〜 カルテット 〜
コンと短いノックの音がした。一呼吸分の間を置いて瑞樹が入ってきた。
ファルアはよけていた椅子を戻す。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさい、瑞樹さん」
「お邪魔してます」
「ただいま。来るなとは言わないが
叔父上が寂しがるんじゃないのか」
「もうとっくに子離れしてるよ」
淡白な答えが返る。
クロシェの次期当主として
厳格に育てられた部分の現れかもしれない。
瑞樹とて彩華月の次期当主。立場は同じだ。
いい悪いは別として自分とは随分違うと、瑞樹は思う。
だが、うつむいた顔は寂しそうにも見えた。
「無口な人だけど、叔父上だって傍に居れば嬉しいさ」
「、、、、意外と、ロマンチストだね。ま、僕のことはいい。
帰ってすぐで悪いけど、少し話があるんだ」
「何かあったか」
「工房ローゼンタに関して」
カーネリアから出る話題とは思ってもいなかった。
瑞樹は驚きを隠せない。
「少し込み入った話になるから、外してもらえるかな」
カーネリアの視線が愁馬とファルアに向く。
「畏まりました。愁馬様」
「わかった」
「ありがとう。今度は僕の家でね」
「うん」
部屋にカーネリアと瑞樹が残った。
「それで、話のほうは」
「先に座ったら。マント、とりあえずこっちに置こうか」
受け取った瑞樹のマントを脇に置くと、話を始めた。
「ローゼンタの利権を欲しがってる人間がいる」
「何だって」
「お店でローゼンタの品物扱ってるんでしょう。瑞樹さんのほうに、それらしい話きてないの?」
「私のほうには何も。だが、、、、そういうことか」
「心当たり、あるんだ」
「というより、フィエラと凪が店に来たんだ。
親方から何か聞いてないかって。
その時点では何も知らなかったから
聞いてないと答えたけど。
ああ、凪もローゼンタの職人の一人。
フィエラの友人だよ。
その話、出所は誰からなんだ」
「瑞樹さんたちが来てくれた後の夜会で
随分沈んだ客がいてね。
話してみたら、工房の現オーナーだった。
彼のところに、利権を売ってくれって申し出があったらしい」
「それで」
「現オーナーは財務状況が厳しいんだって。
相手によっては売ることも選択するけど
その相手が問題あり」
「誰だ」
「バークレーの当主」
「バークレー、、、、」
「知ってる?」
「いい噂は聞かないな。事業にしても、強引だって話だ」
「それを心配してたよ。バークレーは利益第一。
職人が持ってる誇りとか、品物に対する愛情は二の次だろう。
それがローゼンタを支えているっていう、一番大切なことを軽視するだろうって。
僕も、バークレーには渡したくない」
通りでの高圧的な態度を思えば、現オーナーの心配が現実になるのは目に見えている。
「今のオーナーに事情を聞いてみるか。知らせてくれて助かったよ」
「たまには夜会も役に立つでしょう。僕も同行させてね」
「ああ。いてくれたほうが助かる。直接聞いてるしな」
「じゃあ、そういうことで」
ローゼンタの話はここまでと、カーネリアは話題を変えた。
「それにしても、愁馬は並みの大人以上に気が利くね」
「何かあったか?」
「クロイラのお茶が苦手だって言ったら、自分のも替えてくれた」
「そうか。もう少し子供の我侭を言ってもいいけどな。
歳が若い方が、しっかりしてるよ」
瑞樹の物言いに、カーネリアは笑いをかみ殺す。
「自分がおじさんだって言ってるようなものじゃない。
愁馬の父親代わりかもしないけど、言うほどじゃないでしょう。
愁馬が利口すぎるっていうのには賛成だけどね」
時計の鐘が鳴った。
「それじゃ、この辺で。決まったら教えて」
「できるだけ早く連絡する」
「愁馬にもよろしく」
カーネリアは悪戯好きの子供の顔になり、こう言った。
「瑞樹叔父さん」
「おい、カーネリア」
「はは、、、、じゃあね」
長いマントが翻り、愁馬は部屋を後にした。
「子供なんだか大人なんだか。いや、、、カーネリアも同じか」
幼少から当主あれと育てられてきたのだ。我侭など許されなかっただろう。
「ピクニックでも行くかな」
地位や身分など考えずに。フィエラたちも連れて。瑞樹はそんな夢を思い描いていた。