
抱き影
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「冷めないうちに帰ってくるといいけど」 一通りの準備を終えて、アントワネットは時計に目を向けた。 帰宅時間は不規則だし、事務所に泊まることもある。 あまり遅くなるようなら 「ルディ?」 玄関で音がした。 そのまま待ってみたがルディが入ってくるわけでもなく アントワネットは玄関へ出てみるが誰もいない。 「気のせい、、、あら?」 手紙が投げ込まれていた。 手に取った封筒には、差出人も消印もない。 胸騒ぎがした。中に戻り封を開ける。そこには |
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アントワネット・シェルダン様
ご主人をお預かりしています。あなたはレイスという名前をご存じですか?
彼をこの場所に連れてきてください。誰にも知られないように。
警察の耳にでも入ったら、その時はおわかりですね。
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「そんな、、、ルディ」
ルディの過去も、自分がその一端であったことも承知している。だから恨みを買うことは覚悟しているはずだった。
だが、いざこうなると立ち尽くすしかできない。それでも、アントワネットは必死で自分を支えた。
「しっかり、、、、しっかりしなさい。ルディと生きるって決めたのは自分なんだから」
アントワネットは大きく息を吸い込み、電報を頼みに向かった。
「朝か、、、、、」
一晩が過ぎた。今更言い訳をするつもりはない。セナの気が済むのなら、多少の傷は覚悟の上だ。
だが、むしろ苦しんでいるのはセナのほう。今のセナはどんな環境にいるのだろう。
そしてアントワネットは、夜をどんな思いで過ごしたのだろうか。
同じ言葉が何度も回った。と
「おはよう」
「セナ」
セナは両手で袋を抱えていた。そして自分の隣に座る。
「何もないよりましでしょう。別に怪しいものじゃないよ。ただのパンと水」
言いながら袋を開けると、取り出したビンをルディの口元にあてた。
乾いた喉に少しずつ流れ込んでいく。
空腹よりも乾きのほうがきつい。
それに機嫌を損ねてアントワネットに手が伸びることは避けたい。
同じ物でセナも自分の食事を済ませ
転がっていたクッションを背当てにソファーに横になった。
「ルディ、レイスが今何をしてるか知ってる?」
セナがソファーの上から訊いた。
「レイス、、、、」
「まさか、ぼけた訳じゃないよね」
「今のレイスのことは知りません」
セナが何をしたいかわからない今、明言は避けた。
「ふうん、、、、そう」
「、、、、、」
「アントワネットなら知ってる?」
「セナ!」
出た名前にルディは大きく反応していた。
「恨む相手は私だけでいいでしょう」
「どうして。鳥かごの主はレイスだ」
「ええ。確かにあなたが鳥だった頃の主はレイスです。
けれど、そのレイスも鳥だったんですよ」
「レイスが?」
「鳥だったレイスが主になった。その元は」
「ルディだっていうの?ルディがレイスを鳥に変えた?」
「、、、、、私の父です」
告白は思いもしないことだった。
「レイスの前の主は私の父親。
父は、一番のお気に入りだったレイスに
全てを押し付けて死んだんです」
「、、、なんで、鳥だったならどうして主におさまったんだよ!
鳥の思いは、誰よりもわかってるはずなのに」
セナの思いも当然だろう。同時にレイスの心もわかる。
一番近くにいたのだから。
「他に生き方を知らなかった。
いえ、生き方を変えるだけの気力も残っていなかったでしょう。
私も、何もできませんでした」
「今のレイスは知らないって言ったよね」
「はい」
「結婚して鳥かごを見限って、レイスとは縁を切ったってことなの?」
「それは、、、、」
言いよどんだ一瞬をセナは逃さなかった。
「知ってるんだね。今のレイスを」
言ったセナは銃を突き付ける。
「私以外には手を出さないでください。
自分で自分を追い詰めていることは、よくわかっているでしょう」
「うるさい!」
引き金が引かれるかと、ルディは目を閉じた。
だが何も聞こえず、目を開けたルディが見たのはセナの涙だった。
「今更そんなこと言うなら、なんでその時に」
「、、、、今のあなたは」
「鳥だよ。あの頃と同じ」
それは男娼として生きているということ。
「翼を奪われたカゴの鳥。
あの人の好きな時に、気まぐれに抱かれるだけの」
レイス、ガレリア、オルガ。
新しい場所で新しい生き方を見つけた鳥がいる一方で
変わらない生き方を続けている鳥がいる。
わかっていたはずだった。その可能性は。
「とにかく、静かにしてて」
「セナ、、、、」
セナは背中を向けて部屋を出た。
「あなたは、、、、、」
どこまでも、死んだはずの影が追いかけてくる。その影は間違いなく自分の中にいる。
父は父。自分は自分だと言ったガレリアの言葉を信じたい。
だが、それを飲み込んでしまうほどの現実が、ルディに重くのしかかっていた。