抱き影


「アントワネット・シェルダン、、、、ルディ?」

キエヌの仕立て屋。アントワネット・シェルダンの店。

そのプレートをセナは見つめた。

浮かぶ名前は、ルディ・シェルダン。

アメジストとエメラルドの瞳を今でも鮮明に覚えている。

カーテンの向こうで影が揺れた。

セナは少し離れて様子を窺った。

中から出てきたのはアントワネットとルディ。

何を話しているのかはわからないが、仲の良い夫婦なのだろう。

アントワネットは笑顔でルディを見送り、後姿に小さく手を振る。

「ルディ、、、、あなた」

握った拳には爪が食い込んでいた。


「結婚して、、、、幸せなんだ」

いつもよりアルコールの高い酒を飲みながら、昼間の光景を思い出す。

あの館で男娼として育てられ、男の腕に抱かれてきた。

今自分の翼を握っているのは何人目だったろう。

「ずいぶん飲んでるな」

「、、、、、お帰り」

セナの翼を握っている男、ロバート。

上着を脱ぐと、窓際で煙草を燻らす。

「ロバート。こっちきて」

隣に座ったロバートに唇を重ねた。深く。

ねだり事だろうとロバートは察する。

「どうした」

「頼みがあるんだ」

「お前の頼み事はやっかいなものが多いからな」

言いながらも拒否は感じられない。

「どんなことでもするから手伝ってよ」

「何がしたい」

「人ひとり、さらってほしい」

これにはロバートもすぐに承諾をださなかった。

「ロバートなら上手くやれるでしょう、それくらい。
 それに、向こうだって表ざたにはしないよ。
 自分たちが何をしたかくらいわかってるさ」

「恨みつらみがある相手のようだな」

「、、、、、」

恨みなのか憎しみなのか、セナにもよくわからない。

ただ、何かを。何かをしないと気がおさまらないのだ。

「相手の名前は」

「ルディ・シェルダン。
 空家にでも放り込んでくれれば、あとは自分でやる」

「殺すつもりではないだろうな」

「たぶん」

「血に染まった鳥など、美しくない」

そう、ロバートは自分のことを鳥だと言い切る。

「わかった。適当な空家に放り込んでおこう。
 だが、お前はここに戻れ」

「、、、わかってる」

ロバートのほうがわかっているはずなのだ。

ここにしか戻れないと。

「(わかっていて、言うんだ。そう、あなたはいつも)」

セナが飲み込んだ言葉すら
ロバートは感づいているのだろう。


セナは自分を小さく笑い、ブラウスの前を外した。

そして、ソファーの角にもたれる。

「酔っててもかまわないでしょう」

「今のお前も、十分美しいよ」

露わになった肌に、ロバードは指を滑らせた。

「あ、、、、」

切なげな吐息が落ちる。ほの暗いランプの向こうで影が揺らいだ。


「ふう、、、、終わったな」

一つの依頼を終わらせ事務所でようやく一息ついた。

今回は手ごわい相手だったが、どうにか依頼通りの結果に終わった。

資料整理を残してはいたが、外はすでに陽が落ちている。

今日はここまでと手元を片付け事務所を出た。

家に向かって歩いていると、脇道から男が飛び出した。

「失礼」

「あ、あのすみません。実は怪我人が」

男はルディに訴えた。

「連れが足を痛めて動けないんです。手を貸していただけませんか」

そこに馬車がついた。中からもう一人出てくる。

「どうだ」

「もう少し先に。すみません、ここに連れてくるまで」

「、、、、、他にも人を呼んできます。人数がいたほうがいいでしょう」

素直に乗るほど甘くはない。

警官の一人でも連れてこようと動こうとした瞬間、何かが当たった。

「おとなしく乗ってくださったほうが身のためですよ。
 あなたの大切な人のためにも、静かに」

「、、、、、何をしろと」

アントワネットを持ち出されては従うしかない。

促され、先に進む。

通りの人の気配が届かなくなったところで銃口が離れ
同時に布が押し当てられた。

「ん、、ぐ、、、」

すっと意識の抜けたルディを抱え、男たちは夜に紛れた。










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