


戦火の爪あと
「とりあえず座って」
おとなしくソファーに座ったイーリスにお茶をいれた。
だがイーリスは黙ったまま手を出そうとはしなかった。
「イーリス、、、」
「もう、、、誰もいないのかな」
あの塔の中で迎えた停戦。だが何も知らずに時間だけが過ぎた。
全てを失った喪失感がイーリスを包んでいた。
「あの、停戦から100年は超えたと」
「ええ。あなたが知っている頃のことは私も知りません。
争っていた頃を知っている者は、まずいないでしょう」
「みんな、、、どうしたんだろう」
「これからのことは、時間がかかってもいいから慎重に考えなさい。
また後で来ます。それまでは部屋にいてくださいね」
「はい、、、、、」
まだどこか虚ろな返事だったが
状況を受け入れるには時間がかかるだろう。
そう判断し、ルトヴァーユは部屋を出た。
一人になったイーリスは、ようやくお茶に手を伸ばす。
忘れていた感覚を取り戻すように、ゆっくりと口に運んだ。
「ルトヴァーユ、、、。あの人が白銀なんだ。
停戦ということは、どちらが勝ったのでも負けたのでもない。
でも、、それでいいの?
どちらでもないなら、どうしてあんなこと、、、、、」
争いを良しとするつもりはない。けれど、素直に喜べないのも事実。
立ち上がり慎重に歩いた。
「生きてる、、、、。本当にあそこを出たんだ」
窓から外に目を向ける。この景色も、知らないものだった。
戦場以外に戻る場所など知らない。
白の居住区に戻ったところで、知った相手もいないだろう。
景色もきっと違う。イーリスにとってこの世界は別世界同然だった。
「闇戯、、、、あなたは?」
出た名前は、同じように一軍を率いていた白の双翼、闇戯。
素性はよく知らないが、常に真正面から戦いを挑んだ名将だった。
耳の奥で、自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
「ルトヴァーユ様、ご無事でしたか」
離れから本城に戻ったルトヴァーユに声がかかった。
「あれから変わったことは」
「今のところは何も。あの、塔の中はどうなっていたんですか」
「まだ争っていた頃に、黒に捕らえられた白の将がいました」
「、、、、争っていた時代から、ずっとあの中に?」
「ええ、、、。そこまでしなければならかった理由を教えてほしいものです。枷に術まで使って」
「、、、けれど、もう争う必要もないのです。その者も、きっとこれからは」
「そう願いますね。落ち着くまで、私のほうで預かりますから」
「わかりました」
本城での執務を終え離れに戻ると、イーリスはソファーで眠ってしまっていた。
「イーリス」
「ん、、、あ、お帰りなさいませ」
「眠るのならベットでよかったのに」
「統括様にそのような無礼はできません」
「、、、、白銀の翼は初めて?」
「はい。伝え聞いてはおりましたが。実際に、お目にかかったことはありません」
それも当然といえよう。
前任のカルサイトは戦が始まって間もなく眠りについたという。
そして停戦後眠りが解けるまで、白銀は不在だったのだから。
「隣の部屋が使えるはずだから、とりあえずはそこを使っていなさい」
「、、、、、申し訳ありません」
「、、、、、」
白銀の立場がわからないではない。だが、それが歯がゆかった。
絶対の権力。それは、銀の翼というだけで下される評価。
気づかれないよう、ため息を落とす。
「あの、これからのことなのですが」
「急がなくてもいいと言ったでしょう。いてかまいませんよ」
「いえ、心を決めました。
この世界と貴方様のため、お役立ていただきたく思います」
「イーリス、、、」
それはルトヴァーユには思いもつかない答えだった。
「あなたは自由。繋がれていた時間を自分のために取り戻せばいい」
「あの当時を知る者はいないに等しいのでしょう。この風景も私は知らない。
もはや、帰る場所も会いたい相手も持ち合わせてはいないのです。
、、、情けないとは思いますが、これからこの世界で新しく何かを見つけるにしても」
「、、、、一人は怖い?」
イーリスがかすかに震えた。
「、、、、私は一度死んだも同然の身。いかようにでもお使いください。
どうか、お願いいたします」
「、、、、わかりました。顔を上げて」
「統括様、、、」
「私のために動いてくれるにしても、体を元に戻さないとね」
「では、、、よろしいのですか」
「ベットで休みなさい。そのほうが楽でしょう」
「、、、ありがとうございます」
それがよほどの安心感だったのだろう。緊張していた様子のイーリスが、少しだけ和らいだように見えた。
「カルサイト様、、、、、」
イーリスを送り出し、グラスを傾けながら思わずでる名前。
停戦を迎え時が過ぎても、その犠牲になった者は残る。
これがどこまで続くのかと思うとやりきれない。
せめて出来ることは、目の前ですがる手を受け止めるだけ。
それが、この翼の意味ならば。この翼を持った者にしか出来ないことであるならば。
「そう、、、やれることをやるしかない」
満たしたグラスに映る自分に呟いた。