酒場にて


「旅行ですか?」

「そんなところです。あなたはこの町のかた?」

「警備隊を預かってます」

「なるほど、確かにあなたの仕事は忙しくても暇でも困りますね」

ケイオスの酒と肴が運ばれてきた。

「ごゆっくり」

静かに置いてソプレーゼはカウンターに戻った。

透明な紅の酒。

浮かんでは消える小さな泡を見つめるケイオスの胸に飛来するのは懐かしさと寂しさ。

そしてグラスをキリエに傾けた。

「いい旅であることを願います」

「ありがとう」

カンと小さく鳴った。

「どこからいらしたんですか」

「居はキエヌ。ソレアにある別宅に向かう途中です」

ソレアは裕福層の高級別荘が並ぶ保養地でもある。

別荘ではなく別宅と言い切るあたり
それなりの金持ちだろうとケイオスは思った。

「静かで静養にはもってこいの場所ですね。
 私には、あまり縁の無い話だけれど。、、、失礼ですがご結婚は」

「結婚という形は取っていませんが、添う相手はいますよ。そちらは?」

「私は、、、、残念ながら」

「縁とは何処で生まれるかわからないもの。
 あなた自身が、向けられている想いに
 気がついていないだけかもしれない」

「、、、、どうでしょう。
 そうだとしても、幸せに出来るだけの自信はありませんけどね」

「幸せに定義など無いでしょう。それぞれで違うものです。
 初めから決め付けてしまうほうが不幸というもの」

「、、、、、、」

「ま、これも私の持論ですから、あまり気にしないでください」

キリエはグラスに残っていた酒を空けた。

「いい頃合かな。私のほうはそろそろ失礼します」

「いい旅を」

「そちらにも、あなたが望む幸せが来ることを」

返したキリエは店を後にした。


「ん?まだ残ってるじゃないか」

キリエが飲んでいた酒は、あと一杯ほど残っていた。

暫くすると、ソプレーゼが器を下げにきた。

「こちらはお帰りかな」

「ああ。そうみたいだ」

「最後の一杯、飲んでみたらどうだ。このボトル、そう出ないぞ」

「高いのか?」

「ああ。この店の最高級」

「、、、どうりで」

「何がだ」

「ソレアの別宅に向かう途中だって言ってた。
 別荘じゃなくて別宅なんて、それなりの金持ちなんだろう」

「値段を見ないで先に札束を出すくらいだから、だろうな」

「、、、、俺にはわからん感覚だ」

「私だって」

「もらってみるか」

こんな機会でもなければ手の出ない酒だろう。

自分のグラスを空け、注ごうとしたケイオスに
ソプレーゼはそのつもりで持ってきた新しいグラスを出した。

「使えよ。混ざったら旨い酒も不味くなる」

「用意がいいな。じゃ遠慮なく」

カウンターからソプレーゼに声がかかった。

それに応じて戻るソプレーゼの後姿に、そっと問いかける。

「、、、、お前にとっての幸せは、何だ」

キリエの残した言葉が、どこかに残っていた。


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