おとぎ話に魔法をかけて


         「暑いな。もう涼しくなってもいい頃だろうに」

         言いながら上着を脱いだ。

         日が落ちた夕暮れにもかかわらず、蒸した空気がまとわりついてくる。

         「、、、、、どう言おうか」

         男は家族への言い訳を考えながら家路についていた。

         明日は娘の誕生日。

         仕事、仕事でかまってやれなかった娘に約束した。

         誕生パーティーを必ずやるからと。

         だが前日の今日になって、急に出張命令が出たのだ。

         他に回せないか打診してみたが、代わりは見つからなかった。

         悪いとは思っている。

         だが一方で、家族を養うためという自負もある。

         堂々巡りのまま、いつしか家についていた。

         「お帰りなさい、パパ」

         「ただいま」

         まだ幼い娘は、笑顔で父に駆け寄った。

         「パパ、明日のケーキ何がいい?」

         「ああ、、、、その」

         「お帰りなさい、あなた」

         「、、、、ただいま。実は明日なんだが」

         言葉を濁した夫に、妻は察した。

         「遅くなるの?」

         「すまない。急に出張命令が出たんだ」

         「ずっと楽しみにしてたのよ。娘の誕生日くらい」

         「悪いとは思ってるよ。だが、仕事なんだ。仕方ないだろう」

         「仕事だから仕方ない。何でもその言い訳で通ると思ってるの」

         「パパ、、、、ママ、、、、」

         つい言葉が強くなった2人に、娘の小さな声が聞こえた。

         「ごめんな。こんどの休みこそ、一緒に遊びにいくよ」

         「お仕事なの?」

         娘を抱き上げようとした父だったが、母の腕が一瞬早く抱き上げた。

         「ええ。お仕事ですって。明日はママとケーキを食べましょうね」

         「おい」

         「娘に忘れられても知りませんからね」

         すたすたと奥へ入る2人を苦々しく思いながら、父は自室へ引き上げた。


         「まったく、、、、好きで出張してるわけじゃないんだぞ。誰のおかげで」

         気まずい雰囲気のまま出張に出て、愛想笑いの接待を終え、誕生日の次の日に戻った。

         つい、妻への愚痴が口をついて出てしまう。

         ぶつくさ言いながら歩いていると、自転車が歩道に乗り上げてきた。

         「(危ないな。少しくらい落とせばいいのに)」

         思った矢先、駆け抜けたすぐ後ブレーキを踏む音が聞こえた。

         「気をつけろ、ばあさん」

         声に振り向けば、自転車に乗った男は老婦人を一瞥し走り去って行った。

         「気をつけるのはどっちだ。大丈夫ですか」

         「はい。ありがとうございます」

         身なりのきちんとした、品のある老婦人だった。

         大きな紙袋を抱えている。

         「荷物、これだけですか」

         「お持ちしますよ。どちらです」

         「そこまでご迷惑をおかけできませんわ。怪我もありませんし」

         「急ぐ用もありません。大丈夫ですよ」

         何となく家族と顔を合わせずらいこともあり、男は紙袋を持った。

         「すみません」

         歩いて10分ほどで、老婦人の家に着いた。


         家というよりは屋敷というほうが合う佇まいだった。

         自分の家が小屋に思えてくる。

         「本当にありがとうございました」

         「いいえ」

         「あの、お急ぎで無いならお茶の一杯でもいかがですか」

         この蒸し暑さを緩めるにはいいかもしれない。

         それに時間を潰したい気持ちも働き、男は乗ることにした。


         外見に劣らず、内装家具も相応のものだった。

         リビングに通されソファーに座るが、どうにも落ち着かない。

         ほどなく、老婦人がお茶を運んできた。

         「どうぞ」

         「いただきます」

         程よく冷えたお茶がしみ込んでいく。

         「息子たちも独立して今は一人ですから、何かと届かないこともあって」

         「お一人ですか?」

         一人暮らしの老人を狙った詐欺まがいが多い世の中だ。

         まして、これだけの財産を持っているとなると、何かと無用心になるだろう。         

         「詐欺まがいの連中も多いと聞きますから、気をつけてください」

         「ええ」

         「ああ。先ほどのこれ」

         男は袋を渡した。

         「大きさのわりには軽いですね」

         「洋服ですから、かさばるだけですわ。あの子に着せてあげないと」

         「お孫さんですか」

         「孫というか、、、、」

         はっきりしない答えだった。逆に婦人がこう訊いてきた。

         「失礼ですけれど、娘さんはいらっしゃるの?」

         「はい。一人娘がいます」

         寂しそうな顔と、眉をひそめる妻の顔が浮かんだ。

         「成人しているお年かしら」

         「いえ、まだまだですよ」

         婦人はその答えに微笑んだ。

         「お人形はお好き?」

         「、、、、、人形ですか」

         言われて考えてみる。

         そういえば、不器用ながらも妻の作った人形を大切にしていた。

         「妻の作った、、、、まあ、縫い合わせただけの簡単な人形が大好きですよ」

         「あの、でしたら見ていただきたいものがあるんです」

         「、、、、、何でしょう」

         「こちらに」

         婦人は席を立ち歩き出した。

         何のことだか検討もつかないが、男は夫人の後に続いた。


         「これは、、、、、」

         男は言葉にならない。案内されたのは人形の部屋だった。

         「昔から人形が大好きで、いつの間にかこの数になっていたんです。
          けれど、息子ばかりですから、やはり人形には」                 

         「それにしても、すごい数ですね」

         並べられた人形たちは、飾られているというよりも息づいているようだった。

         「よろしければ、娘さんをお招きしたいと思いまして。
          この子たちも、お客さまが来てくだされば喜びますわ」

         人形が喜ぶ喜ばないはともかく、娘は喜ぶだろう。

         「娘は喜ぶと思います。帰ったら話してみましょう」

         「ええ、ぜひ。お待ちしています」


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