おとぎ話に魔法をかけて
「ただいま」
娘は笑顔で迎えたが、妻は機嫌が悪そうだった。
「ほら、おみやげ」
「開けてもいい?」
「ああ」
夕食にはまだ早い。
お土産のお菓子とお茶でテーブルを囲む。
男は早速、老婦人の話を切り出した。
「実は、自転車とぶつかりそうになった夫人と遭遇して家まで送ったんだ。
その人が人形を集めていてね」
「人形?」
「お人形があるの?」
「ああ、部屋の一つが人形のための部屋だった。
娘がいるって話したら、招待したいって言われたんだ」
「いきなり他人にそんな」
「だが、身なりはきちんとしてたし失礼だがぼけているわけでもなさそうだ。
行ってみても悪くないとは思うんだが」
「お人形がたくさんあるの?」
「ああ。お人形をたくさん持っているんだよ。行ってみたいかい?」
「うん。お人形、見てみたい」
「あなた」
「今度の休みは絶対に仕事を入れない。今度こそ、一緒の休日にする。
だから、お前も来てくれないか。頼む」
「、、、、、」
娘のために何かをしたいという気持ちはわかった。
正直、この手の約束はあてにしていなかったが、しぶしぶ頷いた。
「わかりました。今度こそ、守ってくださいね」
次の休日、家族は夫人の家へと向かった。
「ようこそ。お待ちしていました」
「急に申し訳ありません」
「いいえ。私のほうこそご主人にはお世話になりました。どうぞ」
夫人は3人を快く迎え、人形の部屋へと案内した。
「開けていいわよ」
娘がそっと扉を開けた。
「わあ、、、、」
「、、、、、すごい数ですね」
娘は歓声を上げ、妻はその数に圧倒された。
「私も人形が大好きなの。触ってもいいわよ」
「ほんと?ありがとう」
娘は笑顔で人形に話しかけた。
「こんにちは。お人形さん」
驚いていた妻も、娘の笑顔に表情が和んだ。
「昔を思い出します」
妻はふと、昔の光景を思い出した。
「私も子供の頃は人形が大好きでした。お店に並んでいる綺麗な人形をずっと見ていた。
でも、父が早くに亡くなり母は働きながら必死で私を育ててくれた。
贅沢は出来ないんだって、子供ながらに思っていて」
「お前、、、、、」
「そんな母が、人形を作ってくれたんです。
お店に並んでいる人形とは程遠い、不格好なものだったけれど宝物だった」
「どんな豪華な人形よりも、愛情のつまった手作りの人形が何よりの贅沢。
あなたのお母様も、あなたのことが何よりも大切で大好きだったんですよ」
「ええ、、、、、」
妻は娘の隣に立った。
「ママ」
「本当に綺麗ね。ママもお人形が大好きだったのよ」
「ママはどのお人形さんが好き?」
妻と娘は笑顔で人形を見ていた。そんな2人に夫も優しい目を向ける。
「あんなふうに笑うのは久しぶりな気がします。仕事仕事で、かまってやれませんでしたから」
「お人形も人も、自分に笑顔を向けてくれる相手が大好きなんですよ。
大切な御家族ですもの。守ってあげてください」
「はい。ありがとうございます」
「私がいなくなる前に、この人形の行き先も決めないと」
「お体の具合でも」
「いえ、今すぐどうこうではないのですけれど、この通り年ですから」
確かに、この人形の手入れも一苦労だろう。
「できることがあれば、お手伝いさせてください。妻も娘も、きっとこの人形が好きになっていると思います」
「人形たちも新しいお客様を迎えて楽しそうだわ」
この日は一日、笑顔と明るい声があふれていた。
それから数日後、人形師イツキの店。
「そうですか。子供の笑顔は人形にもいい影響を与えるでしょう」
「ええ。何だか家族のようで、私も楽しい時間を過ごしています」
夫人は、イツキの祖父の代からの客だった。
思いがけない出会いをイツキに笑顔で話している。
「笑っている子供の瞳は本当に綺麗。人形があんな笑顔を与えてくれる存在であってほしい」
「同感です。人形が人を幸せにすることが、祖父の願いでもありますから」
「先代に見ていただいた人形も随分ありますわ。イツキさんも寄ってくださいな」
「はい。近いうちに」
「では、今日はこれで」
「またどうぞ。お待ちしています」
婦人を送り出し、イツキは店を見渡す。
この店に並ぶ人形が、オーナーに笑顔を届けてくれるよう、イツキは願うのだった。
「あなた、こんなに毎日遅くなったら体壊すわよ」
「私だけじゃないからな。仕方ないよ」
「でも、、、、」
夫の仕事は、ここにきて一層慌ただしくなった。
帰りが遅いのはもう慣れているが、黙り込んでしまう様にはさすがに心配になる。
「何かないかな、、、、、」
夫の会社は娯楽施設の運営会社。その中の一つが、急に集客数を落としているのだ。
何が原因か。打開策は。連日会議が続いている。
「確か、今問題になっているの絶叫系の乗り物が多いのよね」
「ああ。スリルを満喫がうたい文句だ。だが、大型の機械を置くには確かに狭い。
無理やり埋め込んでいる感があるから、どうしても圧迫されてる印象だし」
考えていた妻は、ふとこんなことを思った。
「ねえ、逆の発想はどう」
「逆?」
「例えば、、、、、人形」
確かに、絶叫系の乗り物と人形は正反対と言える。
「あのご婦人の家にいると、懐かしいのよ。子供に帰るみたいな。
綺麗な人形があって、洋館みたいな家でアンティーク家具に囲まれて。
小さい頃に憧れていた風景がそのままある。だから人形の博物館とか」
「人形ね」
「お茶が飲める場所とか、写真撮影ができる場所とか、アクセサリーとかも」
妻は楽しそうだった。こういう話も初めて聞く。
「お前からそんな話を聞くのも初めてだな」
「小さい頃、女の子はお姫様に憧れるものかもしれない。
でも、叶うことはまずないし、ずっとお姫様も疲れるわ。
だから、現実を一時だけ離れられる場所が欲しくなるものなのよ。
あのご婦人のお人形もお借りして、あの方にも手伝っていただいたらどう?
そうすれば、話し相手もできるわけだし、一日一人で家の中よりはいいと思うわ」
「ああ、、、、悪くないな」
妻の言葉に、形が鮮明になってきた。
同じことを何度も繰り返すより、違うことを初めてみるのも方法だろう。
勿論、今後の会社を左右する一大プロジェクトだ。
だからこそ、しっかり煮詰めなければならない。
「企画を練って、相談してみよう。手伝ってくれるか」
「もちろんよ」
2人は時間を忘れて夢中になった。
翌日、「人形の家」が会議で提案された。
思いもつかなかった案に、誰もが驚きを見せた。
「随分、思い切ったな」
トップから、どちらともいえない反応が出る。
呆れられるかもしれない。だが必死に訴えた。
「発想の転換という観点で考えてみました。確かに今までの当社にはありません。
けれど、無かったものだからこそ、新しいものを試すことは必要だと思います」
「君1人の考えかね」
「いいえ。妻にも手伝ってもらいました。真剣で、何より楽しそうに笑っていました。
きっと、同じような気持ちの女性がいると思います。
人形が大好きだった子供が、大人になり仕事をし子育てをしていく。
時間に追われ忘れていた気持ちを、子供と一緒に取り戻す。一緒に笑う。
そんな場所にしたいと思います。やらせてください。お願いします」
「他に立案は?」
ぐるりと見回すが、手は上がらなかった。トップは決断した。
「わかった。プロジェクトチームを組んで進めるぞ」
「ありがとうございます」
人形の家。そのプロジェクトがスタートをきった。