無機質な少女


         娘の言葉に戸惑いながらも何も出来ず、また一日が始まる。

         転校生が約束通り人形を持ってきた。

         「お母さんが作ってくれた人形。あんまり上手じゃないけど」

         確かに少女の部屋にある人形から見れば、安っぽいものだった。

         だが少女には、不思議とあたたかそうに見えた。

         「さわってもいい?」

         「うん」

         少女の手に人形が移る。と、手の中から人形が消えた。

         「何だこれ。ぼろぼろじゃんか」

         同じクラスの男の子だった。乱暴に腕をつかむ。

         「返してよ。大切なものなんだから」

         「こんなんがか?取り返してみろよ」

         男の子はそのまま走りだした。

         「待ちなさい」

         先の追いかけたのは少女だった。転校生も続いた。

         普段静かな少女が怒った顔で追いかけてくるものだから
         男の子は尚更足を速めてしまった。

         廊下を駆け抜け外へ。男の子が躓いて転んだ。そこに2人が追い付く。

         「返して」

         「わ、、、わかったよ。あれ?」

         「な、どこにやったの!」

         男の子の手に人形はなかった。

         「知らないよ!俺は持ってて走っただけ」

         「そんな、、、、お母さんが作ってくれた大切な人形なのに」

         「え、、、あ」

         男の子もそれが大切だと気がついたようだ。

         「ごめん、、、、」

         素直に謝るも、どこで落としたのか覚えがない。

         しょげる男の子と転校生に、少女は言った。

         「探しましょう」

         「でも、、、」

         「どこで落としたのか」

         「今走ってきたどこかよ。戻りながら探すしかないじゃない」

         「、、、、、」

         「、、、、、」

         「他の子が拾ったらどこに持っていかれるかわからないわ。早く」

         自分のこと以上に、少女は必死になっていた。

         自分の部屋にあるどの人形よりも、あの人形がずっと素敵に思えて。

         「大切なものなんだから」

         「、、、、そうだよな。俺も手伝う」

         「うん。ありがとう」

         3人は校舎に戻った。


         陽が傾き始める。下校を促す最後の鐘が鳴った。

         だが、人形は見つからなかった。

         「もう誰かが拾っちゃったのかな」

         「、、、、、」

         「ごめん」

         「何してるの。もう帰らないと」

         廊下で立ったままの3人に担任が声をかけた。

         「先生、落し物届いてませんか」

         「人形、落としちゃって」

         「人形?、、、、届いてないと思うけど。
          届いたら預かっておくから今日は帰りなさい」

         担任にしてみれば、人形よりも無事に帰す方が重要だ。

         親に怒鳴りこまれでもしたら、名前に傷がつく。

         「お家のかたも心配するわよ」

         3人は顔を見合わせた。

         それもあるだろうが明りの消えた学校にいたいとは思わない。

         「また明日探しましょう」

         「そうだね、、、、、」

         「絶対、見つけるからな」

         「先生、さよなら」

         「気をつけてね」

         校門を出るのを確認して、ほっと胸をなでおろした。


         家に戻った少女は人形に囲まれる。

         「やっぱりあの子の人形がいい」

         見つめてくる瞳は冷たい光を投げる。

         どんなに綺麗な服を着ていてもどんなに高価でも
         少女が抱きたいと思うのはあの子の人形であり、ふわふわのぬいぐるみ。

         『店の人形、全部ほしい』

         どう思ったのだろう。

         あの日以降、両親は人形ののことに触れようとしない。

         別のプレゼントが届いたわけでもない。

         「いいわ、、、、、もう」

         少女は思考を閉じた。


         「どうしたの、その人形」

         「店で預かったんだ」

         イツキの前には手作りの人形があった。

         営業を終えたイツキは、こーヒーを飲みながら人形を手に取る。

         一緒に暮らすアレクも横から人形を見た。

         「いかにも手作りって感じだね」

         「製縫も甘い。趣味にしても不器用だな」

         「でも預かったって、どうして」

         「子供が持ってきたんだ。拾ったから人形のお家に帰してあげるって」

         「、、、、見えなくはないかも」

         子供から見れば、ショーウインドウに人形が並ぶ光景は家かもしれない。

         「本当の持ち主がいるはずだよね。探してるだろうな」

         「ああ。何回も縫い直してる。大切にされてるんだろう」

         大切に抱きしめられている人形だとわかった。

         愛されている人形は、目には見えないあたたかさを宿すものだ。

         愛されている子供が笑顔でいるように。

         「どうするの。持ち主を探すっていっても難しいよ」

         「張り紙でもしておくよ。迷子の人形を預かってるって。
          時間はかかるかもしれないが、きっと呼びあえるさ」

         抱きあげたアレクの瞳に人形が映る。

         それは、イツキにとって少し複雑な光景。

         「かしてくれ」

         「はい」

         受け取ったイツキは縫い合わせを丁寧に見ていった。

         「少し補強しとくか」

         「早く帰れるといいね」

         そう言ったアレクが微笑んだように見えた。

         あるはずないと、イツキにはわかっているはずなのに。


         転校生の人形が行方不明になってから3日目。

         懸命に探しているが、人形は見つからない。

         学校の帰り道、少女の足はイツキの店に向いていた。

         ガラス越しには様々な人形が並ぶ。

         親は相変わらず何か言いたげで、何も言わない嫌な雰囲気。

         どれでもいいから買ってしまえば、終わるかもしれない。

         「どの人形でも同じ、え、、、迷子?」

         少女は張り紙を目にとめた。

         「迷子の人形を預かっています、、、、。まさか」

         少女は勢いよく扉を開けた。


         「いらっしゃいませ」

         「あの」

         「イツキ呼んで来るから、少しだけ待ってて」

         アレクは奥に入り、代わってイツキが出た。

         「いらっしゃい。欲しい人形が決まったのかな。店ごと買われるのは困るけど」

         「違います。迷子の人形って、どれですか」

         「君が、、、、あの?」

         イツキは意外な顔で呟いた。

         「私じゃないわ。友達が落としちゃったんです」

         先日の無機質な印象は消えていた。

         イツキは視線を合わせ、静かに語りかけた。

         「外の張り紙を見たんだね。友達が落とした人形はどんな人形だった」

         「どんなって、、、、もう、とにかく見せて。
          その人形は、友達のお母さんが作ってくれた大切なものなのよ」

         「その友達と一緒に来てくれないかな」

         「どうして、、、嘘なんかじゃないわ!」

         「わかるよ。こんなに懸命になってる。嘘だとは思ってない」

         「、、、、、何で」

         「座らないかい」

         イツキはソファーに誘う。

         少女は早く人形を見たいのだが
         イツキが頷かなければ人形は出てこない。

         しぶしぶと、従った。

         「本当に愛されている人形は、その人が迎えに来てくれるのを待ってる。
          もちろん、迎えられた人形と迎えた人がいつまでも仲良くできるかはわからない。
          どうしても手放さなければならない時もあるだろう。
          でも、今預かっている人形は君が言うように大切にされているし
          今も一生懸命になって探しているんだよね」

         「そうよ。みんなで毎日探してる」

         「ならば、人形を懸命に探している皆で迎えにきてほしい。
          そのほうが、人形も一番嬉しいはずだよ」

         「人形が、喜ぶの?」

         「大切にされている人形は、見えないあたたかさを宿す。
          どんなに冷たい肌をしていてもね。
          私はこの店で出会う人形と人が、あたたかい見えないもので
          つながることを願ってるんだ。
          迷子の人形が持ち主に迎えられること。そして」

         イツキはぬいぐるみを少女の前に置いた。

         「この子が君とつながることを」

         「、、、、、」

         それは、あの日手を伸ばしたぬいぐるみ。

         「この前来た時、このぬいぐるみに手を伸ばしたろう。
          その後に出した目録は見向きもしなかった」

         「気が付いてたんだ」

         「欲しいのはこのぬいぐるみだって、言ってごらん」

         「無理よ。いつも言ってるもの。
          高いお金を出して買えるものに価値がある。
          家にあるものはそんものばかりだって、嬉しそうに」 

         「それも間違いじゃない。
          けれど、高い人形だろうが安いぬいぐるみだろうが
          優しく抱きしめられて、愛されることが何よりも幸せなんだ」

         「、、、、この子、触ってもいい?」

         「ああ」

         少女はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。ふわふわであたたかい。

         「この子、ほしいな」

         「君のご両親だって君を愛しているはずだよ。話せばわかってくれる。
          どうしても言えなかったら一緒においで。私から話そう」

         ぬいぐるみなど買ってくれるだろうか。

         自分の部屋にある人形よりも、ずっと安いおもちゃだ。

         それでも、少女はこのぬいぐるみを抱きしめたい。

         「わかった。また来るわ」

         自分の人形のこと。それに転校生の人形もある。

         少女はぬいぐるみから手を放した。

         「待ってる。この子と一緒に」

         「うん。ありがとう、おじさん」

         「、、、、、」

         イツキが答えに詰まっている間に少女は店を出た。

         「おじさん、、、、いや、まだそこまでじゃないよな」

         イツキは自分を囲む人形に問いかけた。


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