無機質な少女


         少女は人形に囲まれていた。子供には不釣り合いな広さと家具。

         その中で少女は人形のように美しく着飾り
         人形のように無機質な顔をしている。

         「人形なんて大嫌いよ」

         並ぶ人形に、何度も同じ言葉を投げていた。


         少女の誕生日。広いテーブルで少女は母親と向き合っていた。

         「お父様はお昼くらいに戻るそうよ」

         「そう」

         そっけなく返す。

         「夜はいつもの店で食事にしましょう。今年はどんな人形がいいの?」

         誕生日プレゼントはいつも人形。毎年同じ店で買っている。

         「今年は違うお店がいいわ。あきちゃった」

         「あら、、、確かに毎年あのお店を使っているけれど飽きるほどは」

         「とにかく、違うお店がいいの」

         「、、、、、わかったわ。探してみるわね」

         母は少し悔しそうだった。

         高級ビスクの専門店。

         あの店で人形が買えることは、母の自慢でもあったから。

         (あそこに負けないくらいのいい人形を探さないと)

         そんな母の心を見透かすように、冷やかな目が向いていた。


         裕福な家の子供が集まる有名私立校。

         幼稚園から大学まで一貫エスカレーターの名門である。

         ある日、少女のクラスに転校生がやってきた。

         「皆さん、仲よくしてくださいね」

         担任の愛想よさげな声を、少女は聞き流す。転校生は少女の後ろに座った。

         休み時間になり、転校生の周りに数人が集まった。

         少女はさして興味も無かったが、会話は耳に入ってくる。

         「そんなに転校してるんだ」

         「うん。お友達とすぐさよならしてたから少しさみしいけど。
          でも、今度は長くいられそうだってお父さんが言ってたの。
          だから、たくさんお友達ができるといなって」

         「何が好きなの」

         「お母さんが作ってくれた人形」

         (人形?作ってくれたの、、、、?)

         少女の心が反応した。

         「あなたのお母さん、人形を作るの?」

         話の中に入った。

         「どんな人形?」

         「えっと、、、、どんな」

         転校生は母が作ってくれた人形を思い浮かべた。

         本当に素朴な手縫いの人形。

         どんなと訊かれても、言葉で伝えようとすると難しい。

         待ちきれなくなったのは少女のほうだった。

         「よければ、その人形見せてもらえないかしら」

         「あなたも人形が好きなの?」

         「それは、、、」

         好きではない。

         だが嫌いなものを見せてほしいというのも違う気がして、頷いた。

         「ほんと?お友達になれるといいな」

         転校生は笑顔を向けた。少女は何故か気分が悪くなった。

         (こんな顔、、、、知らない)

         無機質な少女は笑顔を忘れていたから。


         夜。少女は両親と食事をしていた。

         夜景が美しいと評判の店だ。

         「誕生日おめでとう」

         「ありがとう。お父様」

         「どうだい。学校のほうは」

         「別に、変わりないわ」

         いつもの会話だった。

         両親も慣れてしまっており、静かに淡々と時間が過ぎていく。

         「人形だけれど、探してみたら近くにイツキという人形師のお店があるのですって」

         「いつもの店じゃないのか?」

         「ええ。この子今年は他の店がいいって」

         「だって、あのお店同じような人形しかないもの」

         「まあ、そのイツキという人の店が同等の物を扱っていればいいがな」

         (あたしが欲しいのは人形なんかじゃない)

         父も母も高価な人形しか目に入らない。

         それは娘のためではなく
         高価な人形を買い与ることが出来るという満足でしかなかった。

         それに両親は気が付いていない。

         そして子供の方が大人の心には敏感だった。

         「明日行ってみましょう」

         「わかった」

         無機質な少女は無機質なまま、両親との食事を終えた。

         家に戻れば、少女は並ぶ人形の隣に自分を置くのだった。


         翌日、親子は人形師イツキの店を訪れた。

         入る前にショーウインドウを眺める。

         「人形をいっても、いろいろあるのね」

         「あの辺はどうだ」

         父が指したのは、やはり高級ビスク。

         少女同様に着飾り、ガラスの瞳が少女を見ている。

         「入ってみましょう」

         少女は手をひかれて店に入った。

         「いらっしゃいませ」

         店の主、イツキが出迎えた。

         「ごゆっくりどうぞ」

         そう声をかえて、イツキは陳列棚に向き直った。

         少女はぐるりと店を眺める。

         高級ビスクからぬいぐるみまで様々な人形が並んでいる。

         (あったかそう、、、、)

         ぬいぐるみに手を伸ばしかかった時、父がイツキを呼んだ。

         「他に扱っているものはあるかね。目録があれば拝見したいが」

         「お持ちします。おかけになってお待ちください」

         招かれた少女は手を引っ込めてソファーに座る。

         イツキは目録をテーブルに置いた。

         「お取り寄せになりますが、こちらも扱っています」

         「ほう、このメーカーを扱えるのか」

         その目録は、相当な高値で売買される海外メーカーのものだった。

         国内での扱いは数が少なく、扱える人間もメーカーの厳しい審査があると聞く。

         「まだお若いのに、このメーカーを扱えるなんてご立派ですのね」

         「ありがとうございます」

         目録を熱心にめくるのは両親だった。

         少女は他人事のように眺めている。

         「お嬢さんへの贈り物ですか」

         「ええ。毎年誕生日プレゼントは人形なんです」

         「気に入った人形はあるかな」

         イツキは少女に声をかえた。無論、少女の持つ雰囲気に気づいて。

         少女はイツキにこう返した。

         「もしも、このお店ごと全部買ったらいくらになるの」

         「な、、、、何を言い出すの」

         「全部ほしいわ。ここの人形」

         少女が人形を好んでいないことはわかった。

         「人形がほしいと、お嬢さんが言ったのですか?」

         「、、、、そうよ。人形がほしいて言うからずっと人形だった。
          この子のために最高の人形を探したわ」

         始まりはそうだったかもしれない。

         だが、両親の愛情と娘の願いはどこかで食い違ってしまったのだろう。

         食い違ったまま時間が過ぎ、少女は無機質を手に入れた。

         「もう少し考えてみる。お父様、お母様、今日は帰りましょう」

         「あなた、、、、」

         母はどうしたらいいのかわからず、父を見た。

         その間に少女はソファーを下り歩きだす。

         「すみません、また来ます」

         「失礼します」

         両親は後を追うことしか出来なかった。

         イツキの視線がぬいぐるみに向く。

         「あの子が見てたのは、あたたかいぬいぐみだろうに」

         僅かに伸びた手は、ふかふかのぬいぐるみに向いていた。

         それが少女の求めている物。高級ビスクではない。

         「抱けるといいな」

         イツキは少女に呟いた。


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