霧に包まれた森に惑いし女神


          「どういうこと。この仕事は前から決まっていたじゃない」

          マネージャーはしどろもどろで言い訳を繰り返す。

          「その、、、どうしても若い子でいきたいって先方がごねて
           断るなら他の事務所に仕事回すってきかないんだよ。
           ごめん。この通り。この埋め合わせは次の仕事で絶対するから」

          「、、、、、もう何度目かしら、その言葉」

          こんなケースが最近多くなっていた。

          決まっていた仕事さえ、他の若いモデルにさらっていかれる。

          「老いた、醜いモデルは使えないって、そうはっきり言えば」

          「レイ」

          「帰るわ。歳をとらない若い子がほしいなら、人形でも使えばいいのよ!」

          「レイ!」


          レイは一人暮らしの高級マンションに戻った。

          高級な家具、高価な服。だが、誰も迎えはしない冷たい部屋。

          「人形、、、、そうよ、人形のように美しくあることを求めたのはあなたたち。
           必死だった。なのに、、、、、。人形じゃない。あたしたちモデルは人形じゃない」

          人形のように可愛い子。綺麗な子。小さい頃から評判だった。

          モデルを目指して上京し、必死で努力した。

          女神でいるために。女神であることを求められたから。

          灯りもつけずに鏡を見ていた。その鏡の中に、人形がいた。

          「いいわね、、、、あなたは歳をとらない。綺麗なまま、、、
           何よ、、、だからって、だからって、、、、人形に代わりなんか!」

          つかみ上げ振り下ろそうとした時

          「人形?」

          レイの脳裏に浮かんだ人形。

          「そうだわ。あの人形」

          レイはつかんだ人形を静かに戻し、別の人形を捜し始めた。

          「どこ、、、、どこに」

          部屋中をひっくり返し、物入れの隅でそれを見つけた。

          「母さん、、、、、」

          それは、上京するときに持ってきたものだった。

          母の手作りのドレスを着た、ずっと大好きだった人形。

          下積みの辛い日々でも、この人形が慰めてくれた。

          だが、忙しくなるにつれいつしか仕舞い込んでいたことも忘れていたのだ。

          レイはイツキの人形の隣に座らせた。

          「そう、、、人形じゃなくてもいい。女神は人に戻ればいい」

          並んだ二つの人形は、優しくレイを見つめていた。


          「イツキ、あの人」

          「ん?」

          テレビの画面には、記者に囲まれたレイがいた。

          「引退会見?」

          「モデル、やめちゃうんだ」

          「この先のご予定は」

          「実家に戻って、少し静かに暮らそうと思います」

          お湯の沸く音がした。

          「コーヒーいれるね」

          「ああ」

          アレクが離れた。

          「ファンに伝えたいことはありますか」

          「モデルは人形ではありません。生きている人間が勤めています。
           これだけは、ファンの方も後に続く後輩たちにも忘れないでほしいと思います」

          「、、、、、人形は人にはなれない」

          イツキが呟く。

          「生きている人間だからこその美しさを表現するためにも、内面を磨いてほしい。
           そんなモデルを、どうかこれからも見守ってください」

          サイフォンでコーヒーをいれ、アレクがソファーに戻った。

          「お店に来た時よりも明るく見えるけど、どうしてやめちゃうんだろう」

          「女神にも休息が必要だってことさ」

          道に迷いかけた女神。差し出されたのは人形の手だった。

          その手には母のぬくもりが残っていた。

          田舎に戻ったレイの傍らで、二つの人形は美しく微笑んでいた。


         BACK