霧に包まれた森に惑いし女神
洒落た店が並ぶメインストリート。
その中にあるギャラリーで、人形師イツキの個展が開かれていた。
霧がかかる森をイメージしたディスプレイは白を基調にまとめられ
薄くスモークが流れる中にやはり白いドレスを纏った人形が並んでいる。
幽玄とも思える世界で、訪れた人は静かに魅せられていた。
その中でも、一枚の写真パネルに人が集まっていた。
イツキの個展で写真が飾られるのは初めてだった。
写真に納まっているのは、やはり白いドレスの美しいモデル。
エントランスロビーにいるイツキには、写真のモデルに関しての質問が飛ぶ。
だがイツキはノーコメントを通していた。
不意に、入り口が騒がしくなった。
「すみません、失礼」
イツキはすぐさま足を向けた。
そこでは一人の女性が報道カメラに囲まれていた。
「お願いします。一言」
「そろそろ引退との噂ですが」
「ここでお答えすることではありません。やめてください」
押し問答の中に、イツキは躊躇なく入る。
「他のお客様にご迷惑です。取材合戦なら他でやってもらえませんか」
「あ、ごめんなさい。個展を見にきただけのつもりなのに」
「でしたら、お入りください」
イツキは囲まれていた女性を促しカメラを遮った。
「カメラ、報道関係は受け付けておりません。機材無しなら、歓迎しますよ」
イツキは勿論、他の客の視線も手伝い、報道陣は渋々引き上げた。
ロビーでようやく、女性は一息ついたようだ。
「ごめんなさい。騒ぎを起こすつもりはなかったの。
ここに来ることは公にならないよう、気をつけたつもりだったけれど」
「お気になさらず。モデルのレイさんですね」
女性は、女神の再来とまで謳われたトップモデルのレイだった。
だが最近は、若い後輩におされているとの風評が出回っている。
「気がついていらしたのね」
「あの手のカメラはどこでどう嗅ぎつけるかわかりません。
気を使う、大変なお仕事だと思いますよ」
「トップを目指して駆け上がって、でもいつの間にか誰かに追われてる。
気の抜けない仕事よ。それでは、拝見させていただこうかしら」
「どうぞ、ごゆっくり」
レイは展示スペースに入った。
外の喧騒が嘘のような別世界。美しい人形が静かに佇んでいる。
「人形は永遠に美しい、、、、、」
人は老いるもの。この仕事は華やかで短命。わかっている。
だが、追いかけて努力してきた時間は長く、華でいられる時間は余りにも短い。
ゆっくりと会場を回り、最後にパネルの前で足を止めた。
「、、、、、女神」
女神の再来。
自分に与えられたこの言葉も、また別の誰かの称号になるのだろう。
かつての女神はどこで眠るのか。
「こんなふうに、霧の中で眠れたらいいわね。ただ静かに」
レイは、佇む人形の中に自分の影を捜していた。
個展が終わった数日後の人形の店。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
訪れたレイを迎えたのはブロンドの美しい青年だった。
いや女性かと、レイは見つめる。
「イツキ、呼んできますね」
「あ、あの」
「はい」
ふと見えた面影。仕事柄、観察眼はもっていた。
「あなた、もしかしてこの前の個展で写真のモデルをされていた方じゃない?」
「、、、、、」
「仕事柄、観察眼はあるつもりなの。
ウイッグと化粧、アイはコンタクトで変えられても基本造形は変えられない。
私の仕事も似たようなものだから」
「どうした、アレク」
「イツキ」
声が届いたのか、奥からイツキが出た。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
「アレクさんとおっしゃるのね。女神のモデル、この方でしょう」
「イツキ、いいの」
「わかってしまいますか」
「観察眼はあるつもりですから」
「アレク、入ってろ」
「うん。失礼します」
アレクは素直に応じ、奥へと姿を消した。
「綺麗な人ね」
「あまり人と接することに慣れていないのでご容赦ください」
「あら、残念。少し見させてもらいますね」
「ごゆっくりどうぞ」
レイは一つ一つを丁寧に見て、少女の人形を抱いて帰った。
「もういいぞ」
アレクが戻る。
「今の人誰」
「モデルのレイ」
「ああ、このあいだカメラに囲まれた人。いい書き方されてないみたいだね」
「書き方?何のことだ」
「週刊誌で落ち目って書かれてたよ。いい意味じゃないんでしょう?
それにテレビのワイドショーでも引退危機とか」
「、、、、、」
「女神の再来といわれたトップモデル”レイ”、幕引間近」
アレクはテレビのうたい文句をそのまま口にした。
「なんだか悲しそうな女神だったな」
「華やかに見えて厳しい世界だからな」
連れて帰った人形が、レイにとっていい同居人になるようイツキは願った。