幸運の守り神
次の休日。ミノリはイツキの店を訪れた。
まずはいつものようにウィンドウを眺め、意を決して扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
迎えたのは店主のイツキ。
「あ、、、えと、、、」
「ごゆっくりどうぞ」
そう言ったイツキはカウンターで帳簿を開いた。
後ろからセールスされるよりは気が楽だが、いかんせん個人商店。何も買わないで出るのは気が引ける。
とはいえ、値段の見当もつかない人形たち。
自分が人形を見ているというよりも、人形に見られている感覚を感じながら人形を眺めた。
(あまりこう、、、派手に着飾ったものじゃなくて、、、、)
模様替え後の部屋を思い浮かべる。すると、一体の人形と目が合った。
「不思議、、、、」
愛らしいというよりは美しい人形。凛としていながら、優しさを感じる。
まとっているドレスは、西洋のものと日本の着物を混ぜたようなアレンジ。見つめていると
(会えたわね。待っていた)
「え、、、、」
すぐそばで小さく聞こえた。周りを見るが、客は自分だけ。イツキは変わらず帳簿を見ている。
「まさか、、、、ね」
ミノリはそっと値札を見た。安くはないが、手の出ない金額でもない。
「あの、、、、」
おずおずと声をかけた。
「お気に召したものがありましたか」
「これ、見せて頂いてもいいですか」
「お待ちください」
イツキはカウンターから手袋を出した。
「こちらを使っていただけますか」
「あ、はい」
手袋をして落とさないよう慎重に手に取る。
「美人ね」
近くで見ると、尚更雰囲気に魅かれた。強さと優しさ。部屋に飾ってみたい。
「あの、取り置きって出来ますか」
模様替えはまだ途中。迎えるのなら、終わらせてからにしたかった。
「今部屋の模様替えをしていて、それが終わってから迎えたいんです。勿論、期日は決めて頂いて構いません」
「相性のいい人形と出会えたようですね」
「相性、、、ですか」
「ええ。買うではなく迎えると仰っいました。そして、こちらの人形を目にとめてから手に取るまで、他を見ていません」
「言われてみれば、そうですね」
「人と人形には相性があります。迷って、とりあえず選ぶ人形と、心魅かれる人形は別物なのですよ」
(さっきの声、、、、本当に?)
人形を見つめるも、返ってくる言葉はなかった。
「お取り置き期限ですが、4日で如何でしょう」
「4日、、、、」
今なら急ぎの案件もないし、祝日を挟む。イメージは固まっているのだから、4日あれば終わるだろう。
「わかりました。4日でお願いします」
ミノリはそっと人形を戻した。
「お迎え待ちしています」
「はい」
店を出たミノルは掃除道具を買い足し、自宅へと戻った。髪を束ねて気合を入れる。
自分でも不思議だった。あの人形がこの部屋にいる風景を楽しみにしている。心軽く、掃除に取り掛かった。
そして次の日。
「プレゼンの用意をしてくれ」
「はい。どこからの依頼ですか」
上司が出した名前は、顧客の中でも付き合いの長い会社だった。システムにも携わっている。
「これが資料だ。一番の目的は業務の効率化。製造ラインを見直したいとことだ」
「判りました。資料を確認してから検討に入ります」
「それからもう一つ。この案件は、他社との相みつを取ると言っている」
「え、、、、」
それは思いがけないことだった。この会社からの依頼が同業他社との競合になるなど、初めてのことだ。
「どうして急にそんなことに」
「わからん。そこのところは説明なしだ。とにかく、この客を逃したら大きな損失だ。絶対に、よそに取られるんじゃないぞ」
「わかりました」
資料を持って部屋に戻った。
「みんな、プレゼンの準備よ」
資料を見せて部屋にいる部下に声をかける。
「資料はこれから回すけど、最初に言っておくわね。今回は、同業他社との競合になる。相手は相みつを取るつもりよ」
「え、、、、どこからなんですか」
聞いた部下たちも顔を見合わせる。
「そんな、ずっとうちが受けてたのに、どうして相みつなんて」
「他社を気にする必要はないわ。いつものように、顧客が求めるものを読み取って提案していく。頼むわよ」
ミノリはデスクで資料を広げた。
(効率的、、、でもあそこは)
今まで請け負って来た相手なのだから、現状のシステム周りはわかっている。不都合の連絡もきていない。
(何を求めているんだろう)
文章の裏にある見えない言葉。それを読み取ろうと、ミノリは資料に向き合った。
部内に資料を回しそれぞれが検討を始めた。だが、聞こえてくる声は同じようなものだった。
「部長、無理ですよ。資料を見ても現状以上の効率化なんて」
「言いたいことはわかるわよ。でも、向こうがそう要求している以上、目指すものは変えられないでしょう」
「それはそうですけど、、、何でこんな要求してくるんだろうな。自社のシステムの使い勝手くらいわかるだろうに」
首を捻りながらデスクに戻った。
資料はハヤセにも回してある。そのハヤセはというと
「ハヤセ君は何から考えてる」
「はい。効率化という言葉が持つ意味を」
「え、、、、、」
パソコンで辞書を引いていた。
「一般的には、無駄を省き限られた時間の中で精度と生産性を上げることだと思います。
でも今回は、そのまま当てはまらない気がするんです。だから、この言葉に別の意味がないかと思って」
「別の、、、意味」
「もう少し調べてみます」
やり方を変えたほうがいいのだろうか。いや、女性としてのどうのこうのはいい。
ハヤセはパソコンに向き直った。
「でも、プレゼンの日は決まっているから、言葉の意味だけを考えていたら時間なくなるわよ」
「はい」
型通りの文字の裏に隠れた意味。確かに今回求められているのはそこなのかもしれない。
(効率化の意味か)
ミノリはデスクにつくと、自分もまた思い巡らせた。
そして次の休日。
「さて、終わらせないと」
人形を迎えるための模様替えも仕上げに入った。
「置く場所はあそこでいいから、後は元からあった物をどこに移すかよね」
今までの部屋は、シンプル・イズ・ベストをそのまま形にしたような部屋。模様替えで多少は物が増えた。
入れ物の大きさは変わらないのだから、あとはパズルのように隙間を埋めていくことになる。
手を動かしながら、ミノリはふと思った。
「効率化って、こういうことになるのよね。どうしても。無駄を極力少なるすること、、、でも」
無駄を省きつつ冷たい印象にならないように。やってみると難しい。
「ま、今はこっちか」
ミノリは部屋を見回した。
取り置き期限前の休みは今日しかないし、プレゼンが終わるまでは帰りも遅くなる。
気を取り直し、作業を進めた。