幸運の守り神
陽もすっかり暮れた頃。ミノリは帰宅途中の道を歩いていた。
「はあ、、、終わった」
少しばかり手間のかかる仕事を終えたからか、疲れていたが達成感もあった。
ちょっとだけ贅沢な夕飯にしようかと考えながら歩いていたミノリは、一件の店の前で足を止めた。
「今日も綺麗ね、、、、」
そこは人形の店。美しいドレスをまとった人形たちが、ガラスの向こうから自分を見ている。
「あたしには似合わないけど、、、、」
人形たちが見ている自分は、ヒールのあるパンプスにかっちりとしたグレーのスーツ。
ビシネスバッグを持ち、長い髪は結い上げている。
会社の中では、顧客相手にシステム提案とプログラミングをする部署の長。
誠実と冷静にを信条とし仕事をこなす中で、信頼はあるけれど一方では気が強く、可愛げのない、男まさりといった
そんな言葉を陰で囁かれていることを知った。
女である自分が今の立場にいることを、よくは思わない相手がいることも。
「気を緩めたら足元をすくわれる」
この人形を見るたびに、どこか憧れるもそう自分に言い聞かせているのだった。
そして数日後。
「少しいいかね」
「はい」
ミノリは上司に呼ばれた。
「何でしょうか」
「支店の営業から1人、君の部署に異動になる。入るのは一週間後だ」
「え、、、あ、はい(急にどうして)」
退職者が出たわけではないし、補充の要請もしていない。
まして、プログラミングや機械システムに関わったことのない、根っからの営業なら手間がかかるだけだ。
ならば考えられるのは、誰かから押し切られたか。
「面倒見てやってくれ」
「わかりました」
打診ではなく決定事項。打診だとしても断れることではない。ミノリはデスクに戻った。
「部長、何だったんですか」
戻るとすぐに部下が声をかけてきた。
「一週間後に支店からここに移動で来るって。営業出身」
「それって、、、」
思ったことは同じらしい。
「押し付けられましたね」
「そういう言い方するものじゃないわよ」
「でも、そうですよ、絶対」
「一緒に仕事をするんだから、気まずくはなりたくないでしょう。
まあ、思うのは仕方ないけど会社の人の耳に入るようなことはしないでよ」
「はい」
そして一週間後。
「今日からお世話になります。ハヤセです。よろしくお願いします」
やって来たのは、少しばかり気の弱そうな長身の男性。営業で積極的になりそうなタイプには見えない。
だから営業を外したというのなら、わからなくもないけれど。
「席はここを使って。ヤサトさん」
「自分の仕事しながらで悪いけど、彼の事見てあげて」
「わかりました」
「よろしくお願いします」
席に着いたハヤセに、まずは自社のPCの仕様から教えているようだ。
プログラミングが未経験となると、教える方もそれなりの手間になる。
(注意して見てないと)
ミノルはハヤセに注意を払いつつ、自分の仕事に戻った。
更に一週間後が過ぎた。
「どう。ハヤセ君のほう」
「真面目にはやってますけど、機械物には弱いみたいですね」
「そう、、、、」
「例えとしていいか判りませんけど、田舎で土いじりのほうが本人の雰囲気には合ってる気がします。
覚えようと努力はしてますから使うのはいいとしても、時間がかかるとは思いますよ」
「育てるしかないわね。プログラミングの教本、残ってたわよね」
「ああ、、、確か、講習会の資料が。探しておきます」
「お願い」
特に大きな変化も見られず日々は過ぎていく。
ハヤセの仕事の覚えは並の下といったところだが、優しい雰囲気と真面目なこともあって同僚の評価はよかった。
ミノリも一安心していたある日。
「大分慣れてきたみたいね」
次の現場に同行させて、取引先の雰囲気も知ってもらおうか。
そんなことを考えながら、書類を持ってデスクに戻ろうとしていた。すると
「大分慣れてきたみないだな」
「ええ。丁寧に教えてもらっていますから。先輩のおかげです」
ハヤセを含めた数人の声が聞こえてきた。
「じゃあ、そろそろ部長について得意先回りかな。営業じゃないけど」
「よかたった、、、。正直営業って苦手だったんですよね」
ふと、本音が出た。
「本格的に部長について仕事になると、それはそれで厳しいぞ」
(え、、、、それって)
「どういう意味ですか?」
ミノリは思わず物陰に入った。
「確かに仕事はできる人だし、上司としては信頼できるけど、同じレベルでこっちに成果を求められても困るんだよな」
「でも、、、、甘くてミスが続くよりはその方が良くありませんか?」
(そう思ってやってきたけど)
ミノリは思わず聞き耳を立てていた。
「同じレベルを求めるのが無理なんだよ。
部長にとっては当たり前でも、それが全員に通用するって思ってるなら、大きな感違いだ」
(勘違い、、、、あたしが間違ってた?)
「それにいつもビジネススーツで髪を上げて、頼れるけど女性の魅力は正直無し」
(、、、、、、)
「いくらなんでもそれは」
「まあ、これから判ってくるよ。あ、ここだけの話な」
「、、、、、はい」
ミノリは来た廊下を戻っていた。
自動販売機でブラックコーヒーを買い椅子に座る。
自分でも意識していることを口に出されると、思うよりこたえるみたいだ。
「わかっているけどね」
やり方を変えたほうがいいのだろうか。いや、女性としてのどうのこうのはいい。
仕事の上ではついてきてくれるというのなら、ミスのないほうを選びたい。
「そうよね、、、。別に今更、女らしいところを見せる必要もないし」
ミノリはコーヒーを空けると大きく息をついてデスクに戻った。
「ただいま、、、と」
仕事を終え家に帰った。一人暮らしだから返事はない。
灯りをつけ荷物を置くと、まずはソファーに腰を下ろす。いつもと同じ部屋、何も変わらないはずなのだが。
「はあ、、、、、」
会社で聞いたあの言葉が、どこかに残っているのだろうか。
「もう、、、別にいいじゃない、今更」
スーツをワンピースにしようとは思わないが、気になりだすと落ち着かない。
ならば、部屋の模様替えでもしてみようか。まずはスーツを着替えお気に入りのお茶をいれた。
帰ってすぐは、少し甘い香りがするハーブティーと決めている。そして紙とペンを出した。
「べつに配置を変える必要はないわよね。机に置けるくらいの花とか、、、クッションカバーでも変えようかな」
何となくの思い付きを書きだしていく。すると、すぐに紙は一杯になった。
「変えようと思えばけっこうあるのね」
少し楽しくなってきた。そして浮かんだのは人形の店。
「、、、、行ってみようかな」
誰に見せるわけではない。高級なものでなくてもいいから、さり気なく置かれて違和感のない人形。
ミノリは人形のある部屋を思い浮かべながらペンを走らせた。