虚構に彩られた湖に沈みし魂


          人形の店。親子は扉を開けた。波打つブロンドの青年が出迎える。

          「いらっしゃいませ」

          「イツキさん、いらっしゃるかしら」

          「呼んできますね」

          人形のように美しい青年は扉の奥に入った。暫くすると、イツキだけが姿を見せた。

          イツキは客を見ると足を止めた。人形と同じ服を着た娘の手を引く母親。

          「先日はお世話になりました。この子がお店に来たいと言うので」

          「そうですか」

          娘の表情は沈んでいた。イツキは危惧が現実に進んでいることを悟った。

          「ママ、イツキさんとお話がしたいの」

          「、、、、、私はかまいませんが」

          「じゃ、お夕飯の買い物をして戻るわね。イツキさん、この子を見てやってください」

          「ええ」

          「お願いします」

          母はにこやかに出て行った。


          「何があった」

          「ママ、このお人形のこと見てるの。私じゃなくてお人形。ママは、違うっていうけど」

          ”人形は人を幸せにするものでなければならない。不幸にしてはいけない”

          祖父が一番大切にしていた言葉を、イツキは何度も繰り返す。

          「その人形、私が預かっておこうか」

          「え?」

          「君が悲しそうな顔をしていたら、人形も悲しむ。人形はね、自分を大切にしてくれる人に笑ってほしいんだ」

          「イツキさん、、、、」

          「君がこの人形を大好きだって、私も、この人形もちゃんとわかっているよ」

          少女はガラスの瞳に映る自分を見つめた。泣きそうな自分の顔を。

          「イツキさんのお人形大好きなの。ほんとうに大好きだから」

          「ああ、わかっている」

          イツキは優しく微笑んで頷いた。


          母が戻ってきた。

          「イツキさんとお話できた?」

          「ママ、あのね」

          「先日お渡ししたこの人形、一時こちらで預からせていただきます」       

          「何ですって」

          母の表情が固まった。そして

          「だめよ!」

          「ママ、、、、」

          「この子はその人形が大好きなの。人形がないと元気になれないの」

          「この人形のオーナーはあなたではなく娘さんです。オーナーの承諾済みです」

          「ママ、お願い」

          「いいえ、許しません」

          母は形相を一変させていた。すでに娘を想う顔ではない。人形を抱いたのは、娘ではなく母だった。

          「帰りましょう。病院へ行く時間よ」

          「ママ、ママは人形と私とどっちが好きなの」

          「、、、、あなたよ。さ、行くわよ」

          ”あなた”。その視線が向いたのはどちらなのか。娘の手を引き、母は店を出て行った。

          入れ違いに、親子を出迎えた青年アレクが顔を出した。

          「イツキ、大きい声がしたけど、何かあったの」

          「人形は人を幸せにするためにあるんだ」

          「イツキ、、、、」

          イツキの望まない方向に事態が動いたのだと、アレクは察した。

          イツキのこの言葉は、そんな時に決まって出てくる。

          だが、これ以上はアレクもそしてイツキも立ち入ることは出来ない。

          「コーヒー、いれるね」

          「ああ、、、、」

          できるのは、願うこと。


          娘を寝かしつけた後、母は人形を抱いた。

          「あなたはいなくならない。ずっと私と一緒よ」

          母が呼んだのは娘の名前。

          この日を境に娘の容態は悪化した。そして小さな命は悲しみのまま消えた。

          葬儀の日、娘の大好きだった人形を手に母は気丈に振舞ったという。


          「あの子のためにも、沈んでばかりはいられない。しっかりな」

          父は、娘の人形を抱きしめた母をねぎらう。

          が、母の微笑みに凍りつくような何かが走った。

          「あの子はずっと、私たちと一緒よ。この人形はあの子そのものですもの」

          「お前、、、、、」

          「さあ、次は何色のドレスを作りましょうか」       

          父は人形を取り上げようと手を伸ばす。母は般若の形相で人形を抱きしめた。

          「何をするの!」

          「これは人形だ!あの子じゃない!」

          「あの子よ!」

          「、、、、、、」

          「あの子が残してくれた。あの子が、私たちのところに残ってくれたの。
           ああ、喪服なんて着ている必要ないわね」

          父は、何も言えなかった。


          こうして母は目覚めることの無い夢に沈んだ。無機質な白い箱の中で。ただ、人形を抱きしめて。


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