虚構に彩られた湖に沈みし魂


          「ママ、イツキさんくる?」

          「ええ。来てくれるわよ」

          幼い娘に母は悲しい微笑を見せていた。

          小さな命は病と必死に闘っていた。少女はある日、人形の店を見つけた。

          ドレスを纏い、美しく笑みを浮かべた人形に、少女は夢中になった。

          母はそんな娘の願いを叶えようと、人形師イツキを家に招いた。

          その裏にもう一つの願いをもって。

          チャイムの音がした。

          「イツキさんよ、きっと」

          「お人形、持ってきてくれたかしら」

          「大丈夫。ちゃんと頼んでおいたから」

          母は娘を優しく抱きしめ玄関に出た。そして、人形を持ったイツキを連れて戻った。

          「こんにちは。君の大好きなピンクが似合う人形だよ」

          「ありがとう」

          少女は笑顔で人形を受け取り、ぎゅっと抱きしめる。

          「イツキさんのお人形、大好き」

          「ありがとう」

          「がんばって元気になったら、イツキさんのお店に行くね」

          「ああ、待っているよ」

          母は聞いていられなくなり、そっと部屋を出て行った。


          「わざわざありがとうございました」      

          「いえ、娘さんは」

          「本人には治ると言っていますが、正直厳しいと告げられています」

          「そうですか」

          「病院の帰りにお店の前を通ったんです。娘は動こうとしませんでした。きっと、、、これで」

          その先の言葉を母は呑みこんだ。希望か絶望か。イツキにはわからない。

          「お力になったのであれば、何よりです」

          「イツキさん、もう一つ依頼があるんです」

          「何でしょう」

          「人形を作ってください」

          「、、、、、創作ですか」

          一つの予感がイツキの脳裏を過ぎる。それは的中した。

          「娘の人形を作ってください。娘の笑顔そのままを」

          「お受けできません」

          イツキの答えは早かった。

          「お幾らなんです?必ずお支払いしますから、どうか」

          「金額の問題ではなく、生存しているとわかっている方の人形創作は、全て断っています」

          「、、、、何故です」

          「人を愛せなくなるからです」

          モデルに対しての愛情が強ければ強いほど、者と物の区別がつかなくなる。

          そして人との関わりを否定し人形しか見なくなる。その実例をイツキは知っている。

          「生きている娘さんを愛してください」

          「娘は、、、娘は私の前から消えてしまう。治らないんです!」

          「あなたを心配して、あなたの傍で生きている人たちが支えてくれます」

          「私、、、、私は」

          「では、これで」

          イツキは話を打ち切り席を立った。

          「私は狂わない。物は物よ」

          呪文のように呟き、母は娘の部屋に戻った娘は笑顔で人形と戯れていた。

          「綺麗なお人形ね」

          「うん」

          「お揃いのドレスを作ってあげましょう。大好きなピンクの」

          「ほんと?きっとよ」

          「ええ」

          娘の笑顔を母は力強く見つめていた。


          母は約束通り、揃いの服を娘と人形に作った。

          「ありがとう。お人形さん、ママがおそろいで作ってくれたの」

          イツキの人形が手元にきてから娘の容態は安定していた。だが、母は恐れが強くなっていた。いつ失うのか。

          母の視線はゆっくりと、だが確実にずれを生じていた。そしてとうとう、娘が気づいた。

          「ママ、、、ママはこのお人形が好きなの?」

          「どういうこと?」

          「ママ、お人形さんのこと見てる」

          「な、、何を言うのこの子は。ママはあなたが好きなのよ」

          「、、、、、うん」

          だが、子供特有ともいえる勘のよさは違うと言っていた。

          「ママ、お外行きたい」

          「外、、、どこに」

          「お人形のお店」

          「イツキさんの?」

          娘は小さく頷いた。

          「(そうね、、、今のこの子を見れば、考え直してくれるかもしれない。人形のようなこの子を)
           お医者様に訊いてみましょう。お外に行ってもいいかどうか」

          母の愛情は、イツキの危惧のとおりに方向を変えてしまっていた。


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