願いを受け止めし花嫁

         「朝か」

         いつもように目覚め、一日が始まる。

         ミサキはベッドの上で大きく背伸びをした。

         「いよいよね」

         ウエディングプランナーであるミサキは、今日から新しい配属先での勤務となる。

         つい最近オープンしたショッピングモール内の、新店舗だ。

         この仕事そのものは長いが、移動は初めてだった。

         ベッドを出て身支度を整えると、ミサキは鏡に向かった。

         「今日も素敵な笑顔に出会えますように」

         これは願掛けのようなもの。

         結婚した後も幸せであるよう、式当日が笑顔に満ちた最高の一日になるように。

         そんな祈りを込めて、この言葉を呟いてる。

         最初の客はどんな人だろう。

         そう思いながら、ミサキは朝食の支度を始めた。


         調べておいた所要時間に余裕を入れて家を出た。

         乗り換えもスムーズにいき、結果意外と早くモールに入った。

         店に向かう途中も人影は少ない。

         自分が一番早い出勤だと思ったのだが

         「明りがついてる、、、、。早い人がいるんだ」

         店にはすでに明りが入っていいた。

         近づくにつれ、ショーウインドウの中で動く人の姿が見えてきた。

         正面に来た時、ミサキは思わず足を止めた。

         「すごい、、、、」

         飾られていたのは、ドレスを纏った人形。

         もちろん、こういう店だからディスプレイがあるのは当たり前だが
         目の前のそれは、いうところのマネキンではなかった。

         息をのむほどの美しさを持った人形が微笑みを投げている。

         そういえば、期間限定で特別なディスプレイをすると店長が言っていた。

         この人形なら十分だろう。

         背中を向けて作業をしている人は、ミサキには気がつかない。

         ミサキは店に入った。


         「おはようございます」

         聞こえた声に、イツキは手を止め顔をあげた。

         「おはようございます。お早いですね」

         「いえ。御苦労さまです。お名前いいですか。あ、私の名刺」

         「後でいいですよ。人形師イツキです」

         イツキはショーウインドウを出た。

         「人形師」

         「人形を造るのが仕事です」

         「この人形、イツキさんが造ったんですか?」

         「ええ。新規オープン用のディスプレイに、一体依頼されました」

         「すごいですね。こんなに大きくて綺麗な人形を造るなんて」

         ミサキは再度人形に目を向ける。

         「ドレスと宝飾はこちらの最高級品と伺っています。人形も喜んでいるでしょう。
          しかし、どんなに美しくても幸せな笑顔の花嫁にはかないません」

         「そう思いますか?」

         「はい。この人形を見た人が、幸せな花嫁になれるよう願っています」

         「ありがとうございます」

         イツキのその感覚は、ミサキのものと近い。

         それが、ミサキには嬉しかった。

         「仕上げにかかりますので、いいですか」

         「あ、すみません。邪魔してしまって」

         ミサキが離れると、イツキはショーウインドウに戻った。

         「同じように思ってくれるんだ。よかった、そんな人が造った人形で」

         新しい店舗でのスタートは、とてもいいものとなった。

         自然と笑みを浮かべ、ミサキはロッカールームに入った。


         次第にスタッフも入り開店準備が進む中、イツキの作業が終わった。

         預かった鍵をおろし、店長に終了を知らせる。

         「またメンテナンスに入ります。
          何もないとは思いますが変化がでたら迅速に連絡をお願いします」

         「わかりました」

         イツキが店を出た後、女性たちは人形を話題にした。

         「ほんと綺麗ね。ドレスもアクセサリーも最高だし」

         「それに、イツキさんも素敵」

         「でも隣に立つのは気が引けるかも」

         「確かに並みじゃ無理よね」

         お喋りが続く中、パンと店長が手をたたいた。

         「開ける時間だぞ。お喋りはそこまで」

         「はい。すみません」

         人形の微笑みと共に、営業が始まった。


         「ああなるわよね」

         人形の前では、多くの人が足を止めていた。

         驚きや感嘆など、様々な表情をみせている。

         「いらっしゃいませ」

         店にひと組のカップルが入ってきた。

         ミサキが応対にでる。

         「挙式をお考えですか?」

         「はい」

         「では、こちらのシートにわかる範囲でのご記入を」

         「あの、、、、」

         女性のほうが遠慮がちに声をかけた。

         「もしかして、、、ミサキ?」

         「え、、、?」

         ミサキは改めて女性を見る。

         そして、思い当たった。

         「、、、、リナ?」

         「やっぱり。そうよ、久しぶりね」

         相手は友人のリナだった。

         古い友人だが、リナが引っ越してからは疎遠がちだった。

         まさか、こんな形で再会するとは。

         「随分連絡できなかったけど」

         「お互い様よ。でも、ここで会うなんてね。結婚おめでとう」

         「ありがとう」

         「精一杯手伝わせてもらうわ」

         「ミサキなら安心知して任せられるわね。よろしくお願いします」

         ミサキは懐かしい友人の幸せを願い、分厚いファイルを広げた。

         そして数時間後。

         「では、伺ったご希望の範囲内で幾つかプランを立ててみますね。
          第一考ですので、大まかなものです。そこから詰めていきましょう」

         「はい。ねえミサキ、あの人形すごく綺麗ね」

         「誰でもそう思うわよ」

         「リナのやつ、あのドレス着たいっていうんですけど高いですよね?」

         「店の最高級クラスですので、やはりそれなりにはなります」

         「ほら、さすがにあれは無理だって」

         「やっぱりあの人形くらい美人じゃないと厳しいかな」

         「俺は、、、リナのほうが綺麗だと」

         「え、、、、」

         「、、、、思う」

         「あ、、、えと、、、もう、こんな所で」

         「他にも様々ご用意してあります。選ぶのも楽しみのひとつですよ。
          リナのこと、幸せにしてあげてくださいね」

         「ミサキ、、、、」

         「はい、よろしくお願いします」

         お互い照れながらも幸せそうな2人。

         この笑顔を当日も見られるよう、ミサキは願うのだった。


         その日の夜。ミサキの携帯が鳴った。

         「はい、もしもし。ううん、こっちこそ。担当は最後まであたしよ。
          今度の日曜?ちょっと待ってね」

         ミサキは手帳を広げた。

         「大丈夫、休み。うん、いいわよ。じゃあ11時でどう?わかった。楽しみにしてるね」

         食事の誘いだった。

         昔話はもちろん、彼とのいきさつについても聞いてみたい。

         客としてではなく友人として共に過ごす一時を、ミサキは楽しみに待った。


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