伝統の先にあるもの


         2人は手を休め、ハルカのお土産で一服することにした。

         「お前が来た前の日、若いのが一人辞めていったんだ」

         「親父さん」

         「時々考える。今のやり方でここを残すのは無理なのかってな」

         究極の二択がツネハルの前にある。

         今日明日どうこうというほどひっ迫しているわけではないが
         状況を変えることができなければ、いづれは現実となるだろう。

         アヤサカに無責任なことは言えないが、正直な気持ちを伝えるならば言葉は1つ。

         「俺は、今の作品が好きです」

         「、、、、、」

         「親父さんとハルカさんの生活もあるから無責任なことは言えないけど
          このままでいてほしって、思います」

         「そうか」

         贅沢がしたいのではない。守りたいだけだ。

         ハルカを。工房で作り上げた伝統を。

         そのために何が出来るのか。ツネハルの模索は続いた。


         数日後。学校が終わったアヤサカは、真っすぐ家に向かっていた。

         通いづめになってるアヤサカに、ツネハルが与えた休みだった。

         1つのことだけに集中しすぎるのは逆効果。より多くの物に触れて感性を磨けと。

         「作りかけの物終わらせるかな」

         家には作りかけの花台がある。それを終わらせてしまおうかと思いながら歩いていると。

         「あれ、ハルカさん」

         前のわき道から出てきたハルカが、同じ方向に歩き出した。

         アヤサカには気づかず前進すること5分。ハルカは道に面した店に入った。

         「あそこって、確か」

         ハルカが入ったのは人形の店。

         アヤサカはいつも素通りするだけだが、人形が並ぶディスプレイは嫌でも印象に残る。

         (人形に興味あったんだ)

         アヤサカもそのまま進み、ハルカに続いて店に入った。


         「いらっしゃいませ」

         「どうも」

         応えたアヤサカにハルカが向く。

         「アヤサカさん?」

         「あ、、、えっと、、、、、」

         「ここで会うなんて意外」

         「ハルカさんが入ったのが見えて、それでなんとなくですよ」

         「お知合いですか」

         「あ、すみません。こっちの話になっちゃって。父の工房で働いてるアヤサカさんです」

         「初めまして。オーナーのイツキです」

         「アヤサカです。なんか、すごいですね。
          これだけの数に囲まれると、生きてる人に見られてるみたいだ」

         「人形もまた、己を抱きしめてくれる人を捜しているのです」

         「人形が?だけど、人形が人を選ぶなんて」

         「もちろん、常識ではあり得ません。
          ですが、人と人形の相性と言うのは双方の想いが働く不思議なものだと、私は思います」

         「縁、、、、ね」

         聴こえない声を、人形はその眼差しに乗せているのだろうか。

         アヤサカは、黙々と1つの作品に向き合うツネハルの姿を思い出していた。

         「俺には多分無いだろうな。ハルカさんは、この店よく来るんですか?」

         「ええ。イツキさんの人形大好きだから」

         「イツキさんの?それって、イツキさんも自分で作るってことですか?」

         「はい。私は人形師。創るほうが本職です。
          この店は祖父が持っていたもので、店ごと引き継ぎました」

         「あ、じゃあ、イツキさんが作った人形ってこの中にありますか」

         「こちらから見て入口の左。棚の中段がそうですよ」

         「見せてくだだい」

         アヤサカはイツキの人形に近づいた。そんなアヤサカをハルカは頼もしく思う。

         「見習いっていっても、やっぱり職人気質ってあるのね」

         「もう作品を手伝っているんですか?」

         「まだ雑用だけみたいですけど、父さんのこと尊敬してくれているんです。
          父の助けになってくれればって思いますけど、父さんほんとに頑固だから」

         「真剣だからこその思いなら、きっと伝わりますよ」

         「だといいけど」

         そんな2人の声など聴こえないかのように、アヤサカは人形に魅入っていた。

         (材料なんだろう。なめらかな肌してるな。細かくて丁寧で、、、、)

         感心しきりだった。持って生まれた才能に、鍛錬が加わった結果だろう。

         羨ましくもあり、憧れもする。

         優雅なドレスを纏った人形は、やはり優美な猫脚の椅子に座っていた。

         そこで、アヤサカはひらめいた。

         (そうだ、家具だよ。小さくて細かい手彫りなら、工房の得意分野じゃないか
          需要があるなら、きっと商品にできる)

         工房の強みを存分に活かした、新しい作品ができるかもしれないと。

         「あのイツキさん、この椅子も売り物ですか?」

         「いえ、そちらはディスプレイ用です。基本、本体しか扱っていません」

         「お客さんの中で、家具が欲しいっていう人いませんでしたか?」

         「いらっしゃいますよ。店での取り扱は考えていませんが需要はあると思います。
          ただ、広く浅くではなく、狭く深くでしょうね」

         「狭くて深い、、、、」

         「それは今の工房と同じかもしれない。

         だがそれでも、ここにくる客が必要としているのなら可能性を信じたい。

         「イツキさん、この店に人形の家具を置かせてもらえませんか」

         「アヤサカさん?」

         「商品として納めるということですか?」

         「工房の新しい商品として作ってみたいんです」

         「でも、父さんは」

         「今のままじゃ厳しいって親父さんもいってました。だけど機械彫りの量産はしたくない。
          だったら、人形の家具なら工房の得意分野を活かせると思うんです。
          小さくて丁寧な手彫りの家具。勿論、人形用だからって手抜きなんかしません」

         作品に向き合う姿勢は職人気質を感じさせる。

         利益を生むかどうかは別の話だが、心意気は買ってもいいだろう。

         「わかりました。仕上がったら見せて下さい。お客様の反応も見てみましょう」

         「ありがとうございます」

         「父さんが素直に聞いてくれればいいけど」

         「自分の手で一から創り上げたものには、思い入れもこだわりもあります。
          その部分を変えるのは難しいかもしれませんね。
          ですが、工房のためを思う気持ちが同じなら、きっとわかってもらえますよ。
          まずはアヤサカさんの作品をお待ちしています」

         「はい」

         自分の手から生まれる小さなものが、希望に変わってくれたなら。

         そんな願いがアヤサカの中に生まれていた。


       BACK   NEXT