伝統の先にあるもの
町の一角にある家具工房。
規模はさほど大きくないが、ここから出る作品は量産品にはない温もりを感じると
顧客からの評判はよかった。
とはいえ手作業が多い分、それは価格に跳ね返る。
長引く不景気も手伝って、売上に関しては良いとはいえない状況だ。
そんなある日のこと。
「近代化だと?そんなもの、この工房には必要ない」
「この値段じゃ欲しくても手が出ないのは、親父さんだってわかってるでしょう。
いくら質が良くても売れなきゃ話になりません。最悪は、工房が潰れるかもしれないんですよ」
工房の所有者で、自身も職人であるツネハルと若い職人の間では
ここ数日似たような会話が繰り返されていた。
若い職人からの提案は、機械掘りの工程を増やし価格を抑えて売りだそうというもの。
いくら質がよくても、売れなければ工房の存続に関わると主張していた。
ツネハルはというと、質を下げてまでの強引な売り込みは考えていない。
極力手作業で作るからこその価値を大切にすると、譲らなかった。
良く言えば職人気質であり、悪く言えば頑固。
若い職人と意見が衝突することは珍しくない。
「ここが潰れたら、それこそ何もできなくなるじゃないですか。とにかく今は、数を出すことを考えた方がいいです」
「わしの目の黒いうちは、そんなことさせんぞ」
「 ここを残すにはそれしかないですよ。理想と現実は違います」
ツネハルとて現実はわかっている。今の価格で数をさばくのは難しいと。
だが、わかっていても越えられない一線なのだ。
「お前の言うこともわからないじゃない。だがやり方を変えるつもりはない」
宣言したツネハルに、若い職人はこれ以上の説得をあきらめた。
ここの作品の質を変えたいのではない。しかし、現実は現実。
ツネハルが方針を変えないのなら、ついていくことはできなかった。
「わかりました。残念ですけど、辞めさせてもらいます」
「、、、、、そうか」
初めてではない。
相手の言葉が自分を心配しているからこそのものであるとわかっているから、引き止めることはしなかった。
「体には気をつけろよ」
「はい。親父さんも元気で。お世話になりました」
きっちりと礼をして工房を後にした。
「わかっている、わかっているよ。だが、、、、」
見送ったツネハルの中に生まれる葛藤。それを解決する術は、まだ見えてこなかった。
「またやったの?これで何人目」
「見解の相違だ。無理にいてもらうこともない」
娘と2人で食卓を囲む。妻はすでに他界しており親子2人の生活だった。
「そんなこと言ってると、本当に父さんでここ終わっちゃうわよ。いつまでも元気なつもりでいると、急にくるから」
「まだまだ、若いもんには負けんわ」
「頑固なんだから。継ぐ気が無いのは悪いと思うけど、でも」
「それはいいと何度も言ったろう。自分で選んだ道なら死ぬ気でまっとうしろ」
父が工房をどれだけ大切にしているか。
そんな父を母は誇りにしていたことも、ハルカはよくわかっている。
2人の想いを守りたいと思うも、工房がなくなってしまったらどれほど辛く、哀しいだろう。
ツネハルが抱えている葛藤は、また同じようにハルカの葛藤でもあるのだ。
「工房がうまくいくよう、あたしだって願ってるわ」
「ハルカ、、、、」
「だけど無茶はしないで。お願いだから」
「ああ、約束する」
工房がハルカの重荷になることだけは避けたい。
そのためにも活路を一日も早く見つけなければ。
そんな焦りが、言葉なくツネハルを追いたてていた。
次の日の夕刻。
「親父さん、親父さんに会いたいって若い男が来てますけど」
「若い男?」
「はい」
手を止めたツネハルが入口を見ると、ハルカとそう変わらない青年がいた。
青年がツネハルに向かって一礼する。
「このままにしといてくれ」
「はい」
ツネハルは青年のほうに足を向けた。
「どちら様かな」
「突然すみません。近くの専門学校に通ってるアヤサカといいます。
こちらの作品、学校のほうにも入ってますよね」
「ああ、あそこの」
アヤサカが通っているのは建築とデザイン系の専門学校で、教材用にいくつか納めていた。
割には合わない仕事だったが、若い職人の育成になるならばと快諾した。
もちろん、学生相手だからといって手抜きはしない。
「使わせていただいた作品、ほんとに素晴らしいものでした。
先生にきいたら、この工房の作品で教材なんかにできる品じゃないけど
今回は特別に作ってもらったって言われて」
アヤサカは熱気をもって一気に語った。
「それは、、、どうも」
若干押され気味のツネハルだが、言われて悪い気はしない。
「そこまで言ってもらえると、作った甲斐もありますな」
「それで、今日伺ったのはひとつお願いがあって」
「私にですか?」
「はい」
アヤサカは1つ息をのんだ。
「弟子入りさせてください」
「、、、、、」
「ここの作品に携わってみたいんです。お願いします」
深々と頭を下げるその姿に、昨日辞めていった若者の姿が重なる。
「家具職人を目指すと」
「はい。今度の春卒業です」
「弟子入りといっても、最初の数年は雑用がほととんです。
職人として作品そのものに手が出せるまでには、時間がかかりますよ」
「一生かけて、自分のものにする覚悟です」
現時点での熱意はありそうだが、自分のやり方についてこれるだろうか。
それともついてこられるように自分が変わるべきなのか。
しかし昨日の今日だ。辞めていった職人への面子もある。
ツネハルはここで結論を出さす、アヤサカの人柄を見ることにした。
「では、都合を見計らってこられる時に来てください。雑用から手伝ってもらいましょう」
「ありがとうございます」
「ただし、学生のうちは学業が本分。そちらに支障がでないようにしてくださいよ」
「はい」
「日曜大工は経験ありますか?」
「多少は、あ、犬小屋なら手作りしました」
(まるっきり扱えないわけではないか)
今の御時世、金づちや釘やのこぎりなど触れたこともない若者が多い中、ましなほうかと思った。
「わかりました。では、今日のところはこれでいいですかな。作業の途中ですので」
「すみません、連絡も無しで突然に。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「失礼します」
自分の方針を理解し、そのまま受け入れてくれるなら最も望む形で落ち着く。
そんな願いを込めて、アヤサカの後ろ姿を見送った。
アヤサカは雑用のアルバイトとして工房に入った。
洗い物や買い出し、最後は掃除で終わる。そんな日々が数日過ぎた頃。
「じゃ、お先」
「お疲れさまでした」
最後の先輩を送り出し、ツネハルとアヤサカの2人になる。
アヤサカはすぐに先輩が使っていた机周りの掃除にかかった。
仕事ぶりは真面目で、その点はツネハルも評価は高い。
「お疲れ様」
聴こえた声に振り向くと、いたのはカオルだった。
「お疲れ様です」
「これ、よかったら」
手にあるお土産を机の片隅に置いた。カオルと顔を合わせるのは2度目。
カオルは気さくに話しかけてくるが、アヤサカはまだ緊張感が残る。
「ありがとうございます。終わったらいただきますね」
「父さん我儘で頑固だから、相手するの疲れるでしょう」
「いえ、そんなことないですよ。妥協をしないからこれだけの作品が作れる。
ここにいさせてもらえるだけでも嬉しいし、尊敬してます」
「昔ながらの職人には、厳しい世の中だけどね」
「カオルさん?」
「確かに物はいいと思う。真剣勝負で作品と向き合うのが職人だって口癖だし。
だけど現実、そう簡単に手が出せる金額じゃないでしょう」
「ええ、、、まあ」
「ましてこの不景気じゃ、使えるなら少しでも安いものがほしい。
評価はよくても、売れるかどうかは別問題だから」
「、、、、、、」
買う側の心理としては、わかる。
仕送りとバイトでやり繰りしている学生には高値の花だ。
「父さんのことは応援したいけど、どうしてもそこが引っ掛かるの」
「難しいですけど、お客さん増えるといいですね」
「カオル」
奥からツネハルの声がした。
「そのくらいにしとけ。仕事中だ」
「すみません、戻ります。カオルさん、ごちそうさまでした」
「これからもよろしくお願いします」
カオルはついと背伸びをした。
「お父さんのこと尊敬してるって。大切にしてあげてよ」
「カ、カオルさん」
聴こえているのかいないのか、ツネハルの声は返らない。
「ほんとに頑固。それじゃまた」
「はい」
カオルが工房から離れると、ツネハルが姿を見せた。
「これ、カオルさんから頂きました」
「いつものか」
ツネハルはポケットを探り小銭を出した。
「お茶ともう一本好きなの買ってこい」
「え、あ、はい。でも自分のは」
「いいから使え」
「ごちそうさまです」
アヤサカは近くの自販機へ急いだ。