

月の涙

言葉のとおり、暫くすると風響とランスが揃って姿を見せた。シャルミラが挨拶無しで話を切り出す。
「何があったのかは知りませんが、言い訳を並べるだけなら即刻打ち切りますからね」
「そのつもりはない。キュリオ、双翼に戻りたいか?」
「、、、、僕の翼、返してくれるの?」
「お前の片翼を受け継ぐ者が居る。まだ人の形をもって生まれる前の魂に宿した。
だが、翼ある者ではなくこの地に人として生まれた魂だ。
本人に意識や自覚はない。
お前にそのつもりがあるのなら、お前に戻したいと思ってる」
「、、、双翼になる、、、そうすれば」
自分が双翼になれば、方翼を庇って落ちたという
シャルミラへの批判はいくらか声をひそめるだろうか。
「僕のせいで、、、シャルミラは堕ちた。
今だってシャルミラは帰れる。もし僕が双翼になったら」
「キュリオ、言ったでしょう。望んでいないと」
「シャルミラ、、、」
「どこであろうと、あなたを放り出すことなどしません。
だから無理に考えないで。ここの、静かな暮らしで満足ですよ」
「う、、、」
「私のことはいいから、ね」
「どうやら、、何もする必要はなさそうですね」
ランスはどこかほっとしたようだった。だが、風響の一言はそれを打ち消すものだった。
「いや、キュリオに戻さなくてあの男から翼は抜く」
「、、、風響、どうして?だって僕はもう帰らなくてもいい」
自分が双翼を望まないのなら必要はない。それはごく当たり前の考えといえるだろう。
だがシャルミラのほうが思い当たった。
「影響がでているということか」
「シャルミラ?」
「翼を持つ物として生まれた命なら問題はないけれど
この地上で人として生まれた命が知らずに内に秘めているとなると
何らかの影響は避けられない。、、、、そう、、」
シャルミラは言葉を切った。
そう自分の白ならば、悪い方向にはいかないだろう。だが、それは漆黒。
「、、、僕の翼だから、黒だからいいことじゃないんだ」
「キュリオ、あなたのせいではない」
「そう、、私のせいだな」
「いいえ、風響」
返ったシャルミラの言葉に、風響は驚くだけだった。
「、、、何故、翼の色の違いで軋轢が生まれるのでしょう。
どちらの翼を持とうが、あの世界で生きる同じ命に変わりないはずなのに
あなたがキュリオにしたことを許すつもりはありません。
ただ、、あの場所で、白の中に生まれたというだけで皆キュリオをさげすんだ。
その考え方には賛成しかねます」
「、、、私の周りにも、そういう誰かがいれば違ったんだろうな」
小さな呟きは誰にも届かなかった。
「けれど、どちらにしろ危険は伴う。その行為に耐えられるだけの相手かどうか。
風響とランスはその相手を知っているのでしょう。どうなのですか」
「それは考えなくていい。痛みは私が身代わりで受けるから」
「、、、、風響、、」
瞳を見開いて見つめ返したのはキュリオだった。知っている。それがどれほどのものか。
「キュリオ、お前ならわかるだろう。その時の苦痛は。
まして、人として生まれた命。私たちより脆い。
しかも、やっかいなことに病気持ちで、体力も落ちているそうだ。あってるな、ランス」
「ええ、そのとおりです。その瞬間をまともに受けたら、おそらくもちません」
「だから、、これしかないんだ」
何が風響をここまで変えたのだろう。他人を気遣い、さらに痛みの身代わりまでも。
シャルミラにはわからなかった。だがキュリオは思い出した。
町を見渡せる丘で出会ったルネを。
そして風響に渡してほしいと託されたムーンストーン。想い。
「ちょっ、、、ちょっと待ってて風響。すぐ戻るから」
ぱたぱたと駆け出して行った。戻ってきたその手には月の涙。
「これ、、、あなたのだよね。覚えてる?」
「、、、ああ(巡って帰り来たか)」
「町を見渡せるあの丘でルネっていう人に会った。
そのときに頼まれたんだ。渡してほしい。伝えてほしいって。
最後の時まで精一杯生きる。そう言ってた。
待ってる人がいる。もう一度会いたくてここに来てる。
お医者さんだったけど、自分が病気になって何も出来なくなって
そのときにあなたに励まされた。生きようって思えた。約束を守りたい。
僕が知ってる人かもしれないって言ったら、これを僕に預けたんだよ」
「、、、、ルネ、、」
そのルネを自分が殺した。
死神との取引。大鎌と引き換えに差し出された魂はそのルネ。
すでに人とは言えず、出ることの叶わない部屋で悲しい永遠を背負う運命。
ルネがどういおうとも、その概念は風響から離れなかった。
だからこそ、ルネが望むのなら自分は行かなければならない。ルネがいる場所へ。
「確かに受け取った」
「ルネは、、風響にとって大切な人なの?」
「、、、、そっちの話はいいだろう。お前たちには関係のない話だ」
そう、ルネとのことは自分で決着をつけなければならなのだから。
「翼を望まないのなら、これ以上はかかわらなくてもいい話だ。邪魔をしたな」
「あ、、、待って。僕も立ち会わせて」
「キュリオ、、、」
シャルミラが見つめたキュリオの瞳は、ひるむことなく風響を見ていた。真っ直ぐに。
「、、、僕の翼なんだ。僕も見届けたい」
「強く、、、なったのですね。風響私も立ち会わせてください。
出来ることがあれば手伝います」
「物好きだな、、、、だが、、ありがとう」
「いいえ」
互いに微笑む。それはこの3人の間で初めてのものだった。
「それで、僕たちはどうすればいいの?」
「具体的にはまだ何も。当人がこの町を離れているからな。私もまだ見ていない」
「店のならびに仕立て屋があるのはご存知ですか?あそこの旦那です。
帰って来たらこちらに知らせますから、どうやるかはまたその時に」
「あそこ、、近かったのですね。わかりました」
「(ズキ)んっ、、、つ」
「風響?どうしたの」
キュリオが覗きこんだ。
「、、、何でもない(またか、、多いな)」
残っている瞳が痛む。だが、それとは気づかせないよう風響は構えた。
「後のことは当人が帰ったあとだ。今日のところは戻る。ランス、行くぞ」
「では、これで」
「うん、、、風響」
「何だ」
「、、、、その人のこと、大切にね」
「、、、ああ」
そうありたいと、誓いをたてた。
2人を見送り、シャルミラはキュリオに向き直る。
「キュリオ、何の話なんです」
「きっと、、、風響にも大切な人ができたんだよ。シャルミラには話すけど、風響には聞いたの黙ってね」
「風響さま、もう塔からは見えませんよ。つかまってください」
「気づいてたか。、、、いつか何も見えなくなるのかな。ルネの顔も」
突然見えなくなることが頻繁になってきていた。時間も長い。
「どうなんでしょう」
「、、、、らしいよ」
「そのムーンストーン、渡しに行くのでしょう。見えるうちにたくさん会っておいてください。
それに、いくら風響さまでも、痛みの身代わりは危険ですよ。最悪は」
「わかってる」
「彼の為を思うなら、その可能性も伝えておいてくださいね」
「ああ、、、」
その場しのぎの嘘はつきたくなかった。だが、、どう伝えればいいのだろう。ぐるぐると同じ問いが回った。