月の涙


「ん、、、、」
見えるほうの片目が疼いた。
とうの昔に失ったもう片方。その負担が大きいのだろう。時々何も見えなくなる。
「はぁ、、、」
丸一日光を失い、ようやくぼんやりと見えてきた。
本当ならば、輪郭がはっきりするくらいまでは何もしないほうがいい。
今無茶をすれば、本当に光を失う。だが、時間がない。
待つことしか出来ない魂の為にも、これ以上休むことはしたくなかった。
風響はキエヌへと足を向けた。
キエヌの中心に立つ塔。いつからか、町にはこんな噂が流れている。塔の住人には翼があると。
その噂話が街角で語られる度に、人々は塔を見つめるている。
町で写真屋を構えるランス。昼の少し前、いつもと同じ時間に店を開けた。
一日の客が10人になればいいほうだし、開けてすぐに客が来ることはまずない。
が、この日は開けたと同時に最初の客が来た。
「いらっしゃいませ。お待ちしてました」
その相手は風響。
「やっと来てくれましたね。頼み事をしておきながら顔を出さないから
もう用済みかと思いましたよ」
「見つかったのか」
「ええ。お探しのエメラルドとアメジストの瞳を持つ相手。
キュリオさまの片翼を受け継ぐ者に間違いないでしょう」
塔の住人であるキュリオとシャルミラ。そして、塔と繋がる別世界の住人風響。
噂は真実だった。
シャルミラは白の双翼。キュリオは黒の片翼。風響は黒の双翼を持つ。
ランス自身は翼を持たないが、3人の真の姿を知る数少ない町の住人だった。
そのため、この3人の手助けや仲介役になることが多い。
「でも、今更探し出してどうするんです。キュリオさまを双翼に戻すつもりですか?」
「、、、、、」
「まあ、あなた方が何をしようが、さして興味はありませんけど」
「なら、、、どうして手を借すんだ」
「この店が一日客で賑わっているように見えますか?いい時間つぶしです」
くすくすと笑う。
「食えないやつだな。相変わらず」
何を考えているのかわからない相手。それをわからせるような隙を一切見せない相手だ。
話すつもりがないのなら、聞いたところで無駄だろう。風響は話を戻した。
「その相手はどこにいる」
「この並びに仕立て屋があるでしょう。そこの旦那でルディ・シェルダン。
でも、今は町を離れているみたいですよ。仕事場の事務所も閉まったままですから。
また顔出してください。僕はあなたがいる場所には行けないのだし。
それとも、<月の宵宮>城で待ちましょうか」
「お前があの城まで来るとは思わなかったよ」
「随分まめに通っているようですね。他人に興味を示したことなんてなかったのに」
「ルネには手を出すな。それこそ、お前には関係ない」
町を見渡せる丘で会い、思わぬ形で再会をした。
今では<月の宵宮>城の一室から出ることは叶わず、待つことしかできない籠の鳥。
一刻でもはやく、こちらは終わらせたいところだが
ルディが町を離れているとなると戻るのを待つかしかない。
その間にやれることをやってしまうほうが利口だ。
「ランス、キュリオたちと連絡をつけてくれ」
「、、、あなたなら、塔へ行くことはできるでしょう」
「キュリオは私を見ただけで脅えるし、シャルミラは話をするつもりもないだろう」
「自業自得ですよ。翼をもぎ取った相手と、素直に会えると思うんですか」
「言われなくてもわかってる。
だが、今回はあの2人を無視するわけにはいかないんだ。
私が出向くより、お前のほうが早いだろうからな」
「(そんなにあのルネが大事かね。本気だな)わかりました。やってみましょう」
「2、3日で出来るか」
「これから行きますよ。店で待っててください。
話がついたら戻りますから、その足で行きましょう」
「、、、ずいぶん親切だな」
「ルネが心配してます。あんな顔されたらね」
ルネの名前に風響はランスを見つめた。
「あなたが顔をださないから<月の宵宮>城まで行ったんです。
ルネが何か聞いてないかと思って話をしたら、、、泣きそうな顔してました」
「、、、、」
「どのみちルディが戻らないと何もできないのだから、シャルミラ様と話をつけたら一回顔出してあげてください。では、後で」
店を臨時休業にすると、ランスはそのまま塔へと足を向けた。
「ルネ、、、」
残った風響の脳裏には”いかないでほしい”と、そう言ったときのルネが浮かぶ。
残像は、消えそうになかった。