夢と現の迷路


湖を抜けて出たのは森の中。

「眩しい、、、」

塔の暗闇に慣れていた目に太陽は眩しく映る。

「どっちへ行けばいいんだろう。、、、、風の精霊、町へ行くにはどう進めばいい?」

頬を風がかすめた。その声を受け止め歩き出す。

森を進み、やがて、人の声が行きかうキエヌの街中へと出た。


「ここがキエヌ、、、」

賑わう通りをゆっくりと歩いた。店に人を呼び込む声。親に手を引かれた子供。

脇を駆け抜けた元気な声に、優しく微笑みを向ける。

並ぶ店を眺めていたが、ショーウインドウに架けられた一枚の絵に目を留めた。

それは純白の翼を翻した人物の肖像画だった。人は、その姿を天使と呼ぶ。

「人は翼に何を思うのだろう」

イーリスは店に入った。


「いらっしゃいませ」

店主の瑞樹から声がかかる。軽い会釈を返し、店の中を眺めた。

ルトヴァーユに何か、と思ったが
こちら側の通貨を知るはずもなかった。

(戻ったら訊いてみよう。絵は、あれだけなんだ)

店内に絵画は無い。

あの天使を誰がどんな想いで描いたのか
それを少しだけ知りたくなった。

「あの、、、」

「御気に留まったものがありましたか」

「表に出ていた絵のことで」

「あれは、申し訳ありませんが非売品なんです」

「何処の誰が描いたものか、わかりますか?」

「それもあいにくと。私の前のオーナーの頃からあったもので
 詳しいことは聞いていないものですから」

「、、、、わかりました。ありがとうございます」

「いえ。お役にたてなくてすみません。
 よければお茶でも如何ですか。
 お代を頂くようなものではありませんから」

「じゃあ、少しだけ」

「すぐお持ちします。あちらで」

店の一角にあるソファーを指し示し、瑞樹は奥へ入った。

ほどなく、ふわりと薔薇が香った。

「いい香り、、、」

それを楽しんでいたところに、扉が開く音がした。

やってきた客に、イーリスは言葉を失った。

相手もまた、足を止めイーリスを見つめる。

「嘘、、、まさか、、、あ、、」

「、、、、、」

「夢、、、、?」

「イーリス、、、、?」

「闇戯、、、?本当に、あなた?」

入ってきた客は闇戯。

まだ有翼側が争っていた頃に軍を率いていた白の双翼。

闇戯はゆっくりと歩み寄った。

「キエヌで、あの頃に生きていた相手に会うなんてね」

「生きて、、、無事だったんですね、、、」

懐かしさなのか、それとも知った相手に会った安心感か。

闇戯を抱きしめたまま、イーリスは涙を止められなかった。


落ち着いた頃を見計らって出されたお茶が、ふわりと2人を包んでいく。

「そう、、、囚われたとは風の噂で聞いたけれど
 つい先日まで塔の中とは」

「停戦も何も知らずに、出たときには全てが終わっていた。
 昔話がしたいわけではないけれど、昔を知る相手に会うと安心します。
 闇戯は今何処に?向こうに戻ったら、どの辺りか教えてください」

「向こう側じゃありません」

「え、、、?」

「こちら側の、キエヌではない別の町に移りました」

「あ、、、、」

ルトヴァーユの言葉を思い出した。キエヌ側に居を移した者がいると。

「あなたのことだったんですか。キエヌ側に移ったというのは」

「その内の一人、かな」

「、、、、時間が経ったんですね。当たり前だけど」

イーリスにとっての時間は止まったまま。

だが、確かに過ぎた長すぎる時を思い知らされる。

「何も知らないまま、、あそこで終わっていた方がよかったのかな」

「まだ結論は早いでしょう。これから初めて知ることだってあるのだし
 急ぐ必要はないと思いますよ」

「闇戯、、、、」

「こんなふうに変わる空だって」

「え、、、、」

つられて見た外は、茜色に染まっていた。白壁が輝いている。

「すごい、、、こんな、、、綺麗、、」

「生きてきた時間の長さが問題なのではない。
 長かろうが短かろうが、どれだけのものに触れて
 どれだけのことを知って、どれだけ心に残っているか。
 そういう意味では、まだこれからでしょう。あなたは。
 このキエヌも、探せば面白い町かもしれませんよ」

「、、、、、ありがとう」

「私のほうはこの辺で。戻りますね」

「また会えますか?」

「運がよければね。では、お先に」

店を出た闇戯の姿が長い影を落とし
やがて茜にとけるように消えていった。


「懐かしいお方だったようですね」

「あ、、、すみません。場所だけお借りしてしまって」

どれくらい話し込んでいたのだろう。イーリスは瑞樹に頭を下げた。

瑞樹は穏やかに返す。

「気にしないでください。お役にたてたなら何よりです」

そして、闇戯の影を追うように、店の扉に目を向けた。

「 、、、、ここは、出会いと別れを繰り返す場所のようだ」

「それは、、、」

「いえ、こちらの話です。またよろしければどうぞ。
 お茶だけでもお待ちしていますよ」

「ええ、また寄らせてもらいます。ごちそうさまでした」

丁寧に礼をして、イーリスも店を出た。

見上げた空は金色の茜。初めてみる空に目を細める。

ルトヴァーユはこんな空を見たことがあるのだろうか。

一緒にキエヌを歩いてみたい。

そんな願いが、イーリスの中に生まれていた。


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