


「どうぞ」
通されたのは整えられた品のいい客室だった。
「あるものは自由に使ってください。
私とセラフィスの私室はこの宮の最上階ですけれど、執務の間は下りていますから」
「ありがとうございます」
「最上階には門番がおります。
そちらへ向かうなら、まずは門番をとうしてくださいね」
「わかりました。あの、先ほどは失礼をいたしました。
非礼、お許し下さい」
「そんな、立ってください」
膝をついたヴァリティーエに、リリスは手を添えた。
「自分でも、、思いますもの。
私じゃセラフィスにはつり合わないだろうなって」
「そのようなこと」
「セラフィスは黙っているけれど、私を迎えたことを
良く思わない人もいますから。でも、私はセラフィスの隣にいたい。
そのためには、冥府のために出来ることをするしかありませんし
するつもりですわ。あ、ごめんなさい、、余計なことですね」
「いえ、十分務めていらっしゃいますよ」
その言葉にリリスはどこか安心する。
誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。
「ありがとう」
にこりと返し、部屋を後にした。
リリスを見送り、ヴァリティーエはソファーへと身体を投げ出す。
「傍に居たい、、か」
ヴァリティーエは胸にかかるロザリオを手に取った。
もしあの時手を離さずにいたら、今頃は傍にいることができたのだろうか。
「もう、、遅いな、何もかも、、それよりこれからだ」
思いを払うかのようにヴァリティーエは思考を切り替えた。
「ここまでにしますか、、」
ひとまずの区切りをつけ書類を束ねると、セラフイスはボトルをあけた。
「ジルファール様、、評議会もずいぶんと強引な手段にでたものですよ」
目の前にいるかのように語りかける。一気にグラスをあけると次を入れた。
「元は、、やはり私なのでしょうか?始まりは私がしてしまったこと、、」
勢いのついた2杯目でむせ返る。
「情けないですね、、本当に、、」
空になったグラスを置くと、祭壇に向かって祈るように両手を組んだ。
「私自身に対する咎なら、どのようなことでも受けるつもりでいます。今でも。
けれど、私自身は変わらず回りだけを巻き込んでいく。
それが、最近ひどく恐ろしいのです。誰かを犠牲にでもしてしまったら、、
、、、閣下やカルラ様が守ろうとしたものを私も守りたい。
それしか償う方法が無いのなら、私自身の全てと引き換えてでも。
ここに、誓いを立てます。どうかお受け取りください」
そこに揺れる光が近づいた。
それは器を持たぬ魂。この階の門番でもある。
「ヴァリティーエが?いいですよ、通してください」
一度離れかけた光がセラフィスの回りで揺らめく。
「大丈夫ですよ。ありがとう」
光は名残惜しそうに扉を抜け、ほどなくノックの音が届いた。
「どうぞ」
入ってきたヴァリティーエに椅子を進める。
「片付けた後なので、すみませんが」
「いえ、お休みのところ申し訳ありません」
キャビネットから新しいグラスを取り出し、差し出しながらさらりと切り出した。
「天界に殴りこみをかけるのは待ちなさい」
言い出す前に制止され、ヴァリティーエはセラフィスを見る。
「天界への門を強引に破ったとしても、統治者以外がそんなことをすればそれだけで体力と精神力を使いきります。
それでは無意味でしょう」
「しかし、このままでは」
「行くなとは言ってません。待ちなさいと言ってるんです」
「それは?」
言いたいことが飲み込めず、聞き返す。
「そう遠くないうちに、、自滅しますよ」
「な、、、」
今度は驚いてセラフィスを見つめる。
「統治者を廃するという目的で一致したのでしょうけれど、あの評議会が全てをまとめられるとは思いません。
天界の統治者は評議会のまとめ役でもあるのだし。
対立が生まれてそれが収まらなくなり、天界の役目に滞りがでたらその時に乗り込めばいい。
混乱を収めるという、名目の元でね」
「それでは遅すぎませんか。その混乱を収められなかった時は」
「収められるうちに乗り込みます。監視役を送り込んではいますから。
もっとも、よほどのことがない限り、内政に手出しはしませんけれど」
話すうちにヴァリティーエはふと思い当たる。評議会を、天界を知っているのではないか。
統治者同士の行き来はあるのだから、知っていてもおかしくはないが
それだけではないような気がした。
「天界を、評議会をご存知なのですか?」
「本当に、、、、正直な方ですね」
「(しまった、また)申し訳ありません!」
取り繕うことをしないヴァリティーエに、セラフィスはクスリと笑う。
「私は元々天界の住人。この背に白い翼を持っていました」
「、、、、、」
「天界の先代、カルラさまが統治者であられた頃
事情があって冥府を手伝っていたんですが、私はそこで転生を止めたんです。
天界への出立を許されていた魂の」
「それは、、リリスさま」
「ええ。天界は即刻私を引き渡せと言ってきました。
私もそのつもりでしたけど、冥府の先代ジルファールさまがそれを振り切って
私を冥府に留めてくださったんです。天界は翼を返すことを条件に承諾をし
私は翼を失ってでもリリスといることを選んだ」
自分と重なる。ヴァリティーエの脳裏に浮かぶのはかつて愛した一人の少女。
地上での天命を覆し共にありたいと望むも、その手を離した。
「正直、失ったすぐは終わらせたいと思いましたよ。
体力が格段に落ちていることはわかりましたし
痛みは引くこと知らない。焼けるように背中が熱くて。
カルラさまがこちらまで足を運んでくださって、楽にはしてくださったけれど
元のとうりというわけにはいきませんでしたからね」
「では、今は?」
「今の翼はジルファールさまのもの。
眠りにつく直前、ご自分の翼を引き裂いて与えてくださったんです」
目の前にはあの時のことが鮮明に浮かぶ。
「私が存在しているのも、お2人がいてくださったからこそ。
翼をもがれ、誰にも知られず骸になるはずだった私が冥府を預かっているのだから。
、、、わからないものですよ。お2人のためにも、リリスを守るためにも冥府と天界を守りたい。
だからもう少し待ってください。そしてその時には、手を貸してもらえますか」
どれだけのものを背負ってきたのだろう。そしてそれは、ヴァリティーエも同じだった。
過去と向き合い、今を生きるため。
「わかりました。私も、守りたいと思います。私に関わった全ての人のために」
「よろしく」
「はい」