回顧録
悠夜、珂晶の昔話です。
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それから暫く後。場所は、キエヌの画廊{銀月}
「こんにちは」
「、、、、紫水。また会うとは思わなかったな」
「画廊は瑞樹に任せたって聞いたから、どうしてるかと思って」
画廊に顔を出したのは紫水だった。この町を出ようとしている住人を引き受けるという。
瑞樹の弟の絡瑛、この画廊の前のオーナー銀月とその手伝いをしていた由衣も、今は紫水の所にいる。
「絡瑛たちはどうしてる」
「変わりないわよ。大丈夫」
「ならいい。店のほうはそれなりに続いてるって伝えてくれ。何か持って帰るか?」
「そうね、、。由衣が作っていた薔薇のお茶にしようかしら」
「少し分けるよ」
瑞樹が奥に入ろうとした時、店の扉が開いた。
「すみません。少し休ませてもらえませんか」
「どうぞ。紫水」
「先にいいわよ」
「悠夜、、、、」
「大丈夫。座って」
テーブルについたところで、瑞樹からお茶が出る。
「どうぞ」
「ありがとう。珂晶、いただいてみますか?」
「う、、ん、、」
一口含み、大きく息をついた。
「珂晶、キエヌに来てから、眠れてないでしょう」
「夢、、、、」
「悪い夢をみてるの?」
「、、、、何でもない。大丈夫です」
サルバスを出た3人はこのキエヌへやってきた。今のところは、ここまで追撃は及んでいない。
だが、いつまでかはわからない。
その不安が無くは無いが、珂晶にはそれが極端に見えた。
サルバスで見つけたときの傷が落ち着いた矢先のことだったから、余計に応えているのかもしれない。
「悠夜、、、何処へ行っても同じなんでしょうか」
「珂晶、、、、」
「私のせいで、悠夜もシェスタもサルバスにはいられなくなった。このキエヌだっていつかは」
「シェスタはもともと、一所には落ち着かない旅暮らしです。
あの一件がなくても次の町へ出るつもりだったと、言っていたでしょう。気にしなくていいですよ」
「でも悠夜は違う。私と関わったから、罪人としてサルバスを追われたのに」
「珂晶、声が」
「あ、、、、」
瑞樹が前に進み出た。
「よければ話してもらえませんか。ここだけにしますから」
「悠夜、、、、」
「思っていること、話してしまいなさい。私に遠慮なんかしなくていいから」
「、、、ありがとう」
ゆっくりと話し始めた。サルバスでの出来事。自分がどういう立場なのかを。
「刻印ね。それで、悠夜さんのほうは、誘拐犯から珂晶さんの過去は聞いていないと」
「そうです」
「紫水」
「何?」
「何じゃない。わかってるんだろう。この町を出ようとしている住人と巡り合うって、これじゃないのか?」
「そうかもね」
「あの、こちらは」
悠夜の目が紫水に向く。
「この町を出ようとしている住人を引き受けてる人。紫水」
「初めまして」
「町を出ようとしている住人を引き受ける、ですか?」
「ああ。私の弟も、この画廊の前のオーナーも彼女の所に行ってるはずだ」
「、、、そこに、追撃が及ぶ可能性は?簡単に諦める相手ではないと思います」
「、、これ以上、誰かを巻き込みたくない。そんなことになるなら戻ったほうがいい、、、」
よほど気を張っているのか、珂晶は力なく悠夜に体を預ける。瑞樹はそっと、自分の上着を珂晶にかけた。
「この泡沫と繋がってはいます。でも、受け入れた者しか通さない。あなたたちにとっての追手は通しません。
信じるのなら、そのうえで来るつもりがあるのなら、またここで会いましょう」
「悠夜、、、、、」
信じる確たる材料はない。けれど、珂晶が楽になれる可能性があるのなら、賭けてみたかった。
それだけ、目に見えてやつれているのだ。
「本当に追手は来ませんか」
「それは約束します」
「今じゃなくてもいいだろう、紫水」
「また2,3日で顔をだしますから。何かしらの考えが決まったら、瑞樹に知らせてください。瑞樹、よろしくね」
そう言うと、紫水が先に店を出た。
「シェスタにも話してみましょう。珂晶、出られますか?」
「大丈夫。あ、これありがとうございました」
「お気をつけて」
悠夜と珂晶を送り出し、瑞樹は店を見渡す。
ここは、絡瑛たちがいる場所との接点かもしれない。そんなことを考えた。
戻った2人はシェスタにこの話を持ちかけた。
「キエヌを出る、ですか」
「信じる確たる材料はありません。でも、追撃が及ばないのなら考えてもいいと思います。
何より、珂晶を落ち着かせたいんです」
「悠夜、私のことは」
「自覚は無いかもしれないけれど、サルバスを出てからひどくやつれてしまっている。それが、わかるんですよ」
「、、、、、」
「ま、確かにそうですね。話はわかりましたけど、私は遠慮しておきます」
「シェスタ、、、どうしてですか?シェスタだって同じことでしょう?私を逃がしてくれた。
キエヌにだって、いつ追撃がかかるかわからないんですよ」
「それもわかりますけど、一所に落ち着くというの苦手なのでね。大丈夫ですよ。
旅から旅の気ままな暮らしだし、追撃をかわす自信もありますから」
「シェスタ、、、、」
「あなたなら、そう言うだろうとは思いました」
「元気でね、2人とも。珂晶、昔に何があったのかはわからないけれど、刻印なんて意味は無い。
だから、どんな過去でもしっかり受け止めなさいね」
「シェスタ、、、、ごめんなさい」
「謝る理由なんか無いでしょう」
「うん、、、」
すっぽりと、シェスタの腕の中におさまった。
「あたたかいです。シェスタも元気でいてください」
それから3日後の画廊{銀月}
先に来たのは悠夜たちだった。シェスタも此処まではと、同行している。
「悠夜、、、」
「珂晶、明日にしましょうか?」
「いい、、行こう」
珂晶がしんどそうなのは瑞樹にもわかった。だが、急いだほうがいいのも事実。
そう、このキエヌにも追撃の手が迫ってきていたのだ。
「紫水でしたっけ。そちらの方はまだ?」
「すぐ来るでしょう」
時間の約束などなくても、その頃を見計らって店に来る。それが紫水なのだから。
瑞樹が思ったとおり、ほどなく扉が開いた。
「お待たせしました」
「よろしくお願いします。シェスタ、彼女が紫水。珂晶、もう少しですからね」
「、、、うん、、」
「せっかくのお申し出、私は遠慮しますけど2人をよろしく」
「ええ、お預かりします」
「紫水、夜のうちに出たほうがいい。キエヌにも手が回り始めたみたいだ」
うつむいていた珂晶が顔を上げた。ここまできて戻るわけにはいかない。
「シェスタ、ここまでなんですね。いろいろありがとうございました。悠夜、行こう」
「シェスタも無事でいてください」
シェスタは珂晶を腕に抱いた。心地いい暖かさの中で珂晶は目を閉じる。
「シェスタの腕の中って、どうしてこんなに安心できるんだろう」
「無事にたどり着けるよう、願っていますよ。またね」
腕を解き、悠夜のほうに向けて背中を押す。3人は夜が明けないうちに、新たな場所へ歩き出した。
「あなたはこれから何処に?追われているのは同じなのでしょう?」
「追っ手の来ない場所に当てはあるんです。
ただ、そこに悠夜と珂晶は連れて行けないのでね。助かりました。さて、、行くかな」
「またどうぞ、とは言えませんね」
「また会えたら、お茶でもいただきます」
「お気をつけて」
シェスタもまた、帰る場所へと歩き出した。
キエヌを見渡せる丘の上。漆黒の翼が翻る。
「人は白い翼を敬い、黒を恐れる。だけど同じように残酷で、同じように優しい。
この姿を見たら、何と言っていたでしょうね、あなたたちは」
森の中にある、もう一つの世界への入り口。その向こう側がシェスタが本来いるべき場所。
いい潮時なのだろう。その姿が、夜の森に消えた。