回顧録

悠夜、珂晶の昔話です。
テキストのみで写真はありません。


               「ふう、、、出来ましたぞ。美しい大輪の華が」

               「ご苦労。珂晶、これでお前は私のものだ。何処へ行こうがな」

               「、、、、、、」

               「強情な」

               「ぐあっ、う、、、、」

               背に彫りこまれたばかりの華を打たれた。寝台に固定された体が跳ね、再びぐったりと沈む。

               「結局お前一人しか手に入らなかった。その分楽しませてもらうとしよう」

               寝台と珂晶を繋ぎとめていた絹の紐を解く。が、動けるだけの力も残ってはいない。

               されるまま、男の腕に納まるしかなかった。

               (大帝、、、魅影様、、、、どうか逃げ延びてください)

               それだけを願った。


               人が住む里と隣合わせに、妖しと呼ばれる人ならざる者が住む里があった。

               互いを恐れ、その存在に怯えるながらの暮らしが長いこと続いていた。

               ひとつの取り決めの元で、どうにか争いだけは避けていた。だが、それが破られた。

               比較的友好だった人里の長、鳳牙がその座を降りて間もなく、新しい長の命が下った。妖しの里への総攻撃という。

               その知らせが、間者から妖しの里に伝わった。

               「何、、、攻め込まれるだと」

               「はい。人里の長が変わって、どう出るかとは危惧しておりましたが、、、」

               「珂晶、鳳牙は下ろされたのかもしれないな」

               「鳳牙殿が長の座を下りたのも急な決定だったようです。ここを攻め落としたい誰かに謀られたのかもしれませんね」

               「、、、、、」

               「大帝、どのような命であれ、この里の者は従います。ですから、ご決断を」

               「、、、、、珂晶、この里を捨てる。争わずに一人でも多く生き延びろと伝えろ」

               「大帝、、、、」

               「ここで迎え撃って争うよりも、本格的に攻め込まれる前に散ったほうが犠牲は少なくてすむだろう。
                、、、、、本当なら、私がここを守らなければならないのはわかっている。だが、そうさせてくれ」

               「わかりました。急ぐよう伝えます。御前失礼」

               一礼を返し、珂晶は部屋を出た。

               「魅影さま、どしたの?」

               隣にいた氷雨の、何も知らない故の無邪気な瞳がのぞく。

               氷雨はこの里に逃げ込んできた子狐の化身。だが、母狐はすでに無く、妖しの長の魅影が親代わりだった。

               「氷雨、、、、お前は守るからな」

               「魅影さま、、、、?」

               小さな手をそっと握った。

               魅影の命を受けて、妖しの里は慌しく動いた。先のあてなどないが、生き延びろとの命を受け止め出奔が続く。

               「大帝、全員出ました」

               「我々も出るか」

               「はい。急ぎましょう」

               最後まで残ったのは魅影と珂晶。そして氷雨。全員の脱出を見届けると、夜の闇へ出た。


               「、、、、もうここまで」

               「大帝、もう少し奥へ」

               人里からの総攻撃は、思っていたよりも早かった。妖しの里がすでに空とわかり、付近を捜索している。

               妖しの里を出て、更に人里を抜けなければその先へは進めない。それでも、生きなければならない。

               それが、里を捨てた長のせめてもの責任だから。

               「人が進むのは難しい獣道を行くしかないな。氷雨にはきついかもしれないが」

               「珂晶さま、、、魅影さま、どこいくの?お腹すいた」

               妖しの里に逃げ込んできた氷雨の母はそのまま息絶えた。

               人に追われ傷を負い、それでも氷雨を助けたくて。珂晶も魅影もその時のことを忘れることなどできない。

               だからこそ、生かしたかった。

               「、、、、、、大帝、私が出ます。ですから、氷雨と一緒に逆へ向かってください」

               「珂晶、、、馬鹿を言うな。お前を囮になど出来るか」

               「すすんで捕まるつもりはありません。ですからどうか。氷雨を私たちに預けた、あの方のためにも」

               「珂晶、、、、、、」

               生き延びる確率が少しでも高い選択。それは魅影にもわかる。

               珂晶と氷雨を天秤にかけるなどしたくはなかった。

               だが、自分の手を握って離さない氷雨の手は、あまりにも小さくて。

               「わかった、、、。珂晶、すまない」

               「いえ、大帝が謝ることではありません」

               「だが、生きろよ珂晶」

               「、、、、はい。お約束します。氷雨、これかも魅影様の手を離さないようにね」

               「珂晶さま、、、?」

               「貴方様と共に過ごしたあの里のことは、忘れません」

               「、、、、最後の挨拶ではなかろう。生き延びて、また会おう」

               「、、、では、これで」

               微笑んで、珂晶は物陰から出た。とたん、追撃の掛け声が聞こえる。

               「珂晶、、、生きてくれ。氷雨、行くよ」

               「、、、、珂晶さまは?」

               「、、、きっと会えるから」

               氷雨の手を引いて、魅影は逆の道へと出た。また会えると、祈りながら。


               「逃がすな!こっちだ!」

               「そう、、、こっちだ。私のほうへ来てくれ」

               珂晶を追う人の声がしだいに近くなる。出来るだけ魅影たちと引き離そうと走り続けた。と

               「っ!?な、、ぐ、、」

               肩を貫いた痛み。足が止まった。

               「銃という道具は妖しには初めてだろうな」

               「、、、、、お前が、指揮官か」

               珂晶の前に姿を見せた男。手に持った銃口から煙がたっている。

               珂晶を背後から追っていた男たちも追いついた。

               「他はどうした」

               「今のところはこの者しか。別の道で2人連れを追っているとの報告はあります」

               「逃げて、、、大帝、、」

               思わず出た珂晶の呟きを、男は聞き逃さなかった。

            「そっちが妖しの長らしいな。早く捕まえろ」

               「はっ」

               指揮官らしい男が手加減無く傷を掴んだ。

               「うぁ、、ぐ、、、」

               「妖力を使われても面倒だ。こいつもな」

               枷をかけられた途端、力が抜けた。妖しとしての力を押さえ込まれたことになる。こうして珂晶は人の手におちた。

 


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