回顧録
絡瑛、銀月、由衣の昔話です。
テキストのみで写真はありません。
それから数日後、町の中央を貫く通りを歩いていた絡瑛は足を止めた。
その店は画廊だった。古い店構えで重厚な造り。
そして看板には美しい飾り細工が施してあり、更に飾り文字で店の名前が刻まれている。”銀月”と。
「、、、そんな、、」
大きなショーウインドウには一枚の絵が掛けられていた。
銀色の月を抱いて優しく微笑む天使。見ているこちらまで暖かくなれるような、そんな絵だった。
「この絵がお気に召しましたか」
そう声を掛けられ振り向けば
「、、、天使、、」
絵の中の天使が目の前にいた。絡瑛の呟きにクスリと笑う。
「この店のオーナーで銀月です」
「町をにぎわせている、あの銀月ではありませんよね」
「この店もあれくらい話題になればと付けた名前です。現実は上手くいきませんけれどね。
見るだけなら代金はかかりませんよ。お時間ありましたら、どうぞ」
先にたった銀月に続き、絡瑛も店へと入った。
「お帰りなさい」
2人に気づいたもう1人が声をかける。
「銀月、この前買い付けた分の明細届いてるよ」
「思ったより早いな。由衣、相手を頼むよ」
「了解」
銀月は店の奥にある階段から上階へと姿を消した。
「どうぞごゆっくり。お茶入れますね」
由衣は仕切りの向こうへと入る。暫くして香りのいいお茶を持って戻った。
勧められるままにテーブルについて一口含み、一息つくと改めて店の品を眺めた。
そして眺めているうちに、表で見た天使の絵とのずれを感じていた。
穏やかに光の中で微笑んでいる天使に対し、店にある絵は濃く重い。
闇の空に浮かぶ城。氷の海を渡る船。砂漠で彼方を見つめる片翼の天使。
現実にはありえない、空想の風景画だったが、どこか悲しそうな寂しい風景。
「お店の品を選んでいるのは銀月殿なのですか?」
その呼び方に由衣はクスリと笑った。今時、そんな呼び方をする相手に出会うとは思わなかった。
「何か、、おかしなことを言ったでしょうか」
「いえ。そんなに丁寧じゃなくてもいいですよ。よほどのことがない限り、銀月が選んでます」
「悲しくて、、、辛いものを抱えているのかな」
「、、、どうして」
「表で見た天使の絵はとても暖かくて優しい絵だと思います。けれど、中にある絵は悲しくて寂しい風景に見えてしまって。
もしかしたら、、銀月殿の中にもこの絵のような風景があるのかと。いえ、考えすぎですね。ごちそうさまでした」
カップを置いた絡瑛は近くにある小箱を手に取った。
「こちらをいただけますか」
美しい模様が彫りこまれたそれは、怪盗銀月の置き土産に似合うだろうと思う。
「ありがとうございます。包みますから少し待ってください」
由衣が丁寧にそれを包み、箱は絡瑛の手元に戻る。
「名前、訊いてもいいですか」
「失礼しました。わたくしは絡瑛。また寄らせていただきますね」
絡瑛を見送ってほどなく、銀月が姿を見せた。
「帰ったか」
「買い物もしていったよ。知ってる相手みたいだね。少し前から様子窺ってたろう」
「この前の仕事の帰りに宿を借りた相手だ」
「え、、それって危なくないの?気づかれてたら」
「私を怪盗だと決めるだけの証拠は残してない。土産は置いてきたけどな。
もしどこかでしくじっていたら、お前は何も知らなかったと言えばいい。昔からそういう約束だろう」
「、、、ばか」
「何だそれ?」
「僕が心配してるのは」
自分のことではなく銀月のこと。言いかけた言葉を呑み込む。銀月に対する感情が何なのか。それを訊かれても上手く説明が出来ない。
自分を育ててくれたのは銀月。帰る場所がなくなり、生きるか死ぬかの生活をすりやかっぱらいでまかなっていた頃だった。
雪の舞う日。自分は酒のビンを抱えて店の前で行き倒れていたという。そして銀月は一緒に暮らしてくれている。兄のような、親のような存在。
考え込んでしまった由衣に、今度は銀月が不安を覚える。
「由衣?どうした?」
「何でもない。買出し行ってくる」
由衣は夕飯の買出しにと、町の中心に立つ市場へと向かった。のんびり歩きながら高い空を見上げる。
(何でもいいか。今のまま変わらなければ)
気を取り直し、由衣は吹く風に背中を押されるように駆け出していた。
夜。絡瑛は買ってきた小箱に銀月の置き土産を入れてみる。
「やっぱり似合うな」
磨きこまれた石の光が、一層箱の装飾を引き立たせた。次にカードを手にした。そこで
「そうだ、、これ」
このカードとあるものが結びついた。だが、確かめるにも素直に答えが返るとは思えない。
その答えを得るためにどうすればいいのか。カードを見つめて、絡瑛は考えを巡らせた。