回顧録U

焔珠と乃亜の昔話です。
テキストのみで写真はありません。


             中心に大きな広場を有する美しい町。広場に面したいくつかの建物の中に、大きくはないが丁寧に整えられた劇場があった。

             約半月にわたる公演は連日大盛況で、千秋楽のこの日、看板役者である焔珠が最後の挨拶に立つ。

             「本日はご来場ありがとうございました。こうして足を運んでくださる皆様に、心より御礼申し上げます。
              この場所でのひと時が皆様にとっても楽しいものであるならば、これに勝る喜びはありません。
              またどうぞ、足をお運び下さい。本日は本当にありがとうございました」

             歓声と拍手の中で、ゆっくりと幕が下りた。

             楽屋に戻ればいつもの打ち上げが始まる。

             「千秋楽おめでとう。お疲れ様。乾杯」

             仲間たちとグラスを合わせたところに、妹の乃亜が姿をみせた。

             「ごめん、遅れて。始まっちゃったかな」

             「始めたばかりだよ。いつも悪いな」

             「大丈夫、あたしも楽しいから。これね」

             乃亜が差し入れのバスケットを置くとわっと人だかりが出来る。

             乃亜の差し入れは仲間内でも好評で、これが目当てに打ち上げに参加するのもいるとかいないとか。

             「海人は」

             「少し遅れて来るって」

             「珍しいな」

             いつもなら、友人で貿易商人の海人も一緒だった。遅れてくるなど初めてのことだ。

             打ち上げも半ばにさしかかったころ、ようやく海人が到着した。

             「遅かったな。どうしたんだ、その花」

             「お前宛に預かったんだよ」

             「いつも届く花よね、それ」

             豪華な花束が多い中で、毎回届けられる一輪の百合の花。

             「誰からなのかしら、、あ、兄さんカード」

             いつもは何も添えられていないが、今回はカードがあった。

             「初めてか」

             「考える前に受け取ってくれ」

             「ああ、悪い」

             海人から受け取りカードを開ける。

             「それで、何かわかりそうか」

             「名前しか、、いや、2枚入ってる」

         

             いつも、楽しく拝見しています。舞台を観てると皆さんが本当に楽しそうで、誰よりもこの場所が好きなんだろうなって。

             私も元気になれます。いつまでもこの場所で貴方を見たいから、頑張って続けてください。

             千秋楽おめでとう。次もまた会えることを願っています。                         由利亜    

         

             突然のお手紙で驚かれたことと思います。この2枚目のカードは由利亜には知らせていません。

             由利亜は私どもの病院に長いこと入院している娘さんです。

             どこで貴方のことを知ったのかはわかりませんが、外出許可が下りた日は必ず劇場に足を向けるようになりました。

             不躾で申し訳ありませんが、一度会っていただけないでしょうか。由利亜は数日後に大きな手術を控えております。

             その前に会っていただきたいのです。由利亜にとって何よりの励みになることでしょう。

             勝手を申しますが、どうかお願いいたします。

         

             「海人、どんな相手だった」

             「、、、本人じゃないな。病院のスタッフのほうだろう。場所、わかりそうか」

             「住所がある」

             「これを放っておくほど、薄情じゃないわよね」

             「そう思ってるんだったら随分信用ないんだな」

             話し込んでいる3人に仲間からの声がかかった。

             「こっちは明日だな。乃亜、きりのいいところで海人と抜け出せよ」

             「うん、わかってる」

             「さ、飲むか」


             それからほどなく、海人は乃亜を促し劇場を出た。

             「星が綺麗、、」

             空を見上げれば、星が劇場の明かりのように瞬いている。

             「由利亜、、どんな人なのかしら」

             「気になるんなら一緒に行ってみたらどうだい」

             「2人の邪魔したくないもの。兄さんに会って、、手術上手くいくといいな」

             暫く歩いて乃亜の家に到着した。

             「それじゃ、ここで。お休み」

             「お休みなさい」

             海人の後姿を見送り、乃亜は家へと入る。一息ついたところで不意に扉が開いた。

             「、、、どうしたの?悪酔いでもした?」

             「馬鹿いうな」

             「じゃあ、何でよ。随分早いじゃない」

             「あの娘に会うのに朝帰りってわけにもいかないだろう」

             「それも、、そうね」

             「もう寝るぞ」

             「うん、、、」

             「、、乃亜、大丈夫か」

             「お休み、、、」

             焔珠の問いに返事らしい返事もせずに、ぼんやりと呟いて自室へと引き上げていく。

             小さなため息を背中に落として焔珠も部屋へと入っていった。日付が変わる少しまえのこと。

 


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