透明な糸(U)


一方のアリエル。

「大きな屋敷だな」

瑞樹の実家はキエヌでも有数の資産家だった。

アリエルは一つ深呼吸をして呼び鈴を鳴らした。

時間を置かず、静かに扉が開いた。

「アリエルと申します。こちらにお約束があるのですが」

「伺っております。どうぞ」

中に入り、一室に通された。

「少々お待ちください」

執事が下がり、ほどなく瑞樹が部屋に入った。

「初めまして。{銀月}のオーナー、瑞樹です」

「アリエルです。お休みのところをお願いしていたのでしたら、失礼しました」

「違いますよ。画廊のほうは、私と子供の2人だけなので
 商談なら家のほうがやりやすいと思ったんです。どうぞ」

促されソファーに腰を下ろす。

仕事柄か、どうしても部屋の家具に目がいった。

豪奢ではないが、まとまりの在る上質なもの。そんな印象だった。

アリエルは話を切り出した。

「大筋は伝えてある通りです。
 工房”ローゼンタ”の家具を買い付けたいのですが」

「宿を経営しているんでしたね。
 値は張りますが、サルバスから来られるとなると相応だとお考えですか」

「その判断をしたいと思ってきました。店のほうに物はありますか」

「いえ、買い付けるときは直接工房に出向いてます」

「紹介をお願いできませんか。
 さすがに物を見ないで買える額ではないので」

「工房に訊いてみましょう。返事がきたら連絡します。
 キエヌでの宿はどちらになりますか」

「ここに」

アリエルは宿の名前と住所を書き出した。

「出来るだけ急ぐよう頼んでおきます。とりあえずは、ここまでに」

「よろしくお願いします」

ここで一区切りと判断し、瑞樹は手元を片付けた。

そして店で使っている薔薇のお茶を入れ、アリエルに差し出す。

「いい香りですね」

「どうぞ」

「いただきます」

香りは薔薇だが、紅茶の味は残っている。

そのバランスは見事なものだった。

「どこの品ですか」

「知人のオリジナルです。その相手と先に知り合ったのは弟ですが」

「弟さんがいるんですか」

「、、、、弟も、その知人もキエヌを離れていますけれどね。
 この紅茶をいれると、何となく思い出すんですよ。今頃、何をしているんだろうって」

瑞樹の視線がふいと外れた。見えているのは、昔の風景。

「近くにいるときは気がつかないもの。
 けれど、いざ離れてみるとこの家が広いことを知りました。
 いささか、もてあまし気味なんです。そう人数がいるわけでもない。
 私は父と弟に反発してばかりだった。
 ようやく正面から向き合う決心がついたら、弟は家を出ました。
 自分がいなくてもやっていけるだろうから、、と。
 身近に在る大切なものは、失ってから気がつくものです」

「、、、、、、」

例え喧嘩になっても、反発ではなく思いをぶつけていれば
絡瑛は今もこの家にいたかもしれない。

父と自分の関係が修復できたらこの家を出ろと、そんな言葉を
絡瑛の母が残すこともなかっただろう。

自分が追い出したようなもの。それが瑞樹の中で消えなかった。

「今更、、、遅いけれど、、、。すみません、余計なことですね」

「私も、弟と友人の3人で暮らしています。だから、何となくわかります」

アリエルに本当の親の記憶は無い。

孤児院から引き取ってくれたフィータの親が、アリエルにとっての親。

フィータは大切な弟。

存在を忘れはしないけれど、捜そうとは思わなくなった。

「弟さんも来ているんですか?」

「ええ。フィータと友人のオルガの3人で」

「よければ店のほうにも来て下さい。もちろん商談抜きで」

「そうですね。寄らせてもらいます」

それからは何となくの世間話が続き、アリエルが屋敷を出る頃には美しい茜色の空が広がっていた。


同じ日のルディの家。

レイスとガレリアを快く迎え、久しぶりに4人が顔を揃えた。

「ルディさん、体のほうは」

「落ち着いていますよ。大丈夫」

「ソレアからの帰路で倒れるとは思わなかったが
 よほどの強運を持っていたんだな」

「でしょうね。倒れた私を見つけたのが医者で、そのまま手術も成功。
 一生分使い果たしたかもしれません」

「ルディ、今使い果たされても困るわよ」

「そうだよ、ルディさん。落ち着いたなら、これから始まりなんだから」

その声は穏やかで明るい。

それぞれが満たされていた。

共にありたいと望む相手が隣にいる。ゆっくりと過ぎる緩やかな午後。

4人にとって、何よりも大切な時間がここにあった。

「2人はいつまでキエヌにいられるの?
 今日明日じゃなければ、お菓子作るから持って行ってもらえるかしら」

「愁馬のところにも顔見せたいし、、何日くらいならいい?」

「急ぐ用事もないし、お前の好きでいい」

「じゃあ、3〜4日みておいてくれると助かるわ。
 宿はどこにとってあるの?」

「名前と番地、書いておきますね」

ガレリアは名前と住所を書き出しルディに差し出した。

「出来たらこっちから行くわ。新しいお茶にするわね」

甘すぎない香りがふわりと流れる。

窓から入るあたたかな日差しが、優しく4人を包み込んでいた。


キエヌでそれぞれが過ごす一日。見えない糸紡ぎは静かに続いていく。


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