

透明な糸(]T)
「では、これで最後ですね。署名をお願いします」
差し出された契約書に何度目かのサインを入れる。その脇に工房{ ローゼンタ }の印が押された。
「確かに。責任を持ってサルバスまでお届けします」
「よろしくお願いします」
朝から工房に詰めていた一日がようやく終わった。
「長くなって申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ。いい買い物が出来ました」
物の選定から輸送の手配、支払いの手続きまで終わらせた為すでに外は夜の顔を見せていた。
アリエルは交わした書類を確認しながら戻る支度を始めた。
その後ろで親方から出た言葉が、アリエルに届いた。
「しかし、、、あの瑞樹さんがね」
「画廊の店主がどうかしましたか」
「人は変われるものだと。
瑞樹さんを見てるとそう思うんですよ。
昔のあの人を知っているので。
正直、ここまで立ち直れるとは思っていませんでしたから」
アリエルは瑞樹自身の言葉を思い出していた。
昔は父と弟に反発ばかりだったと。
「人は何によって変わることが出来ると思いますか」
アリエルの問いに親方は考えてみる。
「自分を見てくれる。愛してくれる。信じてくれる。
そんな誰かの存在に気がつけば
自分の存在を受け入ることが出来るでしょう。
誰かを愛したいと願うなら
自分の存在を認めることが始まりではないでしょうか」
「彼は違ったと」
「人様の内情まではお話できませんが
自暴自棄になって酒場を渡り歩いていました。
何時何処でどうなってもいい。
あの頃は死神に憑かれていたんでしょうな。
私としては瑞樹さんの変化を喜んでいますが
まるで引き換えのように、弟の絡瑛さんがキエヌを離れた。
上手くいかないものです」
「、、、、、」
知人の子供を引き取り店を構え、絡瑛の話をしながら胸に手を当てた。
そんな瑞樹から自棄酒をくらう姿など想像もつかない。
だが、どんな過去を抱えどんな想いが生まれたのかは当人しかわからない。
オルガの過去が思いもつかないものだったように。
「いろいろと御世話になりました。また機会が出来ればこちらを使いたいと思います」
「ええ、ぜひ。お待ちしています」
親方の見送りを受け、アリエルは宿に戻った。
「寝たか、、、、」
帰りの遅くなっているアリエルを待つと頑張っていたフィータだが、ベッドに移るとすぐに眠ってしまった。
「ま、昼間の様子じゃ無理ないな」
カーニバルで無邪気にはしゃいでいた姿を思い出し、この無垢な幼子を見つめる。
心に強く留めておきたくて。その眼差しは優しい。
そんなオルガの背中で静かに扉が開いた。
「お帰り」
「寝たのか」
「ああ、、さっきまで起きて待ってるって頑張ってたけどな」
「遅くなって悪かった」
「いいさ、別に。それじゃ、自分の方に戻るよ」
「、、、オルガ」
部屋を出ようとしたオルガをアリエルが呼び止めた。
「明日、キエヌを発つ。そのつもりでいてくれ」
「終わったのか?」
「終わらせてきた。あとはサルバスに戻ってからだ」
「わかった。準備しておく」
「、、、、、、」
「、、、、、、」
これからのことをはっきりさせたいのは2人とも同じ。
だが伝えたいことを上手く言葉に出来ず、黙るしかなかった。
先に動いたのはオルガ。静かに部屋を後にした。
同じこの日、レイスとガレリアは一足先にキエヌを出発した。少しだけ時計の針を戻してみよう。