箱庭


夜。瑞樹は店を閉めて家路についた。

大通りを抜けてしばらく歩けば人の姿もまばらになる。

遅くなるからと、愁馬を先に帰したのは正解だったようだ。

歩いていた瑞樹は、あることに気がついた。

(、、、、、、付けられてる?)

自分と同じ歩調の足音。方角が同じというだけにしては、揃いすぎている。

明るい場所で足を止め振り向くと、知らない相手が自分を見ていた。

「私に何か」

「紫水のことで少し話が」

その名前に、{銀月}での会話が浮かんだ。

「この<泡沫>にいる紫水のことか?それとも」

「箱庭のことを聞いているのですね。
 この<泡沫>を出るのならまだしも
 留まるなら知る必要のないことです」

「、、、他言をするなと、釘を刺しに来たのか?誰だ」

「聞いてしまった。、、、いえ、紫水が話した時点で下される審判。
 <泡沫>で生きる者が、箱庭の創り手を知ることは許されない。
 紫水を恨まないでください」

(こっちの理屈が通る相手じゃなさそうだな)

瑞樹は走り出した。

他言をするなというのなら従うつもりはある。

だが、箱庭を知った者の存在を許さないというなら逃げるしかない。

相手は瑞樹を追った。


どれくらい追いかけっこが続いているのだろう。瑞樹の息が上がってきた。

(どこまで追いかけてくるつもりなんだ。それに、いくら人通りが少ないからって)

瑞樹は誰ともすれ違わなかった。この町にいるのは自分とあの相手だけだとでもいうように。

(創り手の紫水、、、、何かが、、、!?)

思考が別に移った瞬間、足を取られた。

一度留まってしまったことで今までの負荷が一気にかかり
その場で動けなくなった。

そんな瑞樹にゆっくりと寄る。

息一つ乱さず、今現れたように。

「諦めてもらいましょうか」

「、、、私をどうするつもりだ」

「忘れるだけです」

「忘れる?」

「店で紫水と話したこと、今の追いかけっこを」

相手は瑞樹を片腕に収めた。

振りほどこうとするが力が入らない。

「、、は、、なせ、、」

頭の中で声がする。紫水と自分の声だった。

創られた箱庭。創り手の紫水。

「精神面が強いと少しばかり苦しいと思いますが」

「う、、ぁ、、、」

ゆっくりと何かが絡む感覚。体が震えだす。

声はしだいに遠のき、バリンと音をたてて風景が砕けた。

「っ!?」

気を失い腕に沈んだ瑞樹を優しく包む。

「この<泡沫>で生きるなら知らないほうが幸せですよ。
 貴方たちがこの箱庭に在ること、この箱庭を愛することが紫水の望み。
 ここを存続させるためにも」


「、、、さん、瑞樹さん」

「ん、、、」

誰かに呼ばれ目を開けた。

「、、、、凪?」

「どうしたんですか。こんなところで座り込んで」

目の前にいたのは家具職人の凪。

大通りを抜けるか抜けないかくらいの、わき道だった。

「、、、私は、、」

「まさか、記憶がなくなるまで酒飲んだわけじゃないですよね」

瑞樹は記憶を辿った。

店を閉めて帰る途中、、、、何があったのか思い出せない。

酒を飲んだ記憶も無かった。

「真っ直ぐ帰る途中のはずだ、、、、何が」

「怪我は?追いはぎとか、そっちだったら」

瑞樹は財布を確かめた。

「、、、金はある。怪我もべつに、、、」

立ち上がろうとした瑞樹だが、足元がふらつき凪に支えられた。

「本当に、、、何があったんです」

「、、、自分が知りたいよ」

「家まで送りますよ。何だか、一人にできそうもないし」

「悪いな」

何も思い出せない状態で返せる言葉もなく、素直に送ってもらうことにした。

(何があったっていうんだ?どうして、、、思い出せない)

すれ違ったキリエに、瑞樹が気がつくことはなかった。


<泡沫>のどこか。

「瑞樹の記憶、少しばかりいじりましたよ」

「ごめんなんさい。もう少し考えればよかった。
 瑞樹にもあなたにも、悪いことしたわね」

「勘違いをしないで。責めているのではない」

「、、、、、」

「紫水。私達は創り手の紫水からこの場所を預かった。
 管理者といったところです。
 <泡沫>の住人として生きている者とは立場が違います。
 そして、、、、私は、、、」

ふわりと、背中から包まれる。

「<月光>の紫水に蒼月が添うように
 貴女を一人にしないために創られのが私。
 箱庭の一部として<泡沫>を存続させることが、私達の役目。
 貴女だけに背負わせはしません」

「、、、、、ええ、ありがとう」

これは、<泡沫>の、何時か何処かでおこった出来事。


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