月詠


「まったく、、、、。北の砦だろう。のんびりしていていいのか」

「砦に出るのですか?」

思いもしなかったことに、青藍は聞き返していた。

「うん。少し出てくるよ。2日くらいで戻るつもり」

北の砦は国の守りにおいても要だ。

その場所に樹荊が出向くとなると、よほど差し迫っているのだろうか。

「何かあったんですか?急を要することは出なかったけど。
 月詠を読み違えたのかな」

「何もないから行くのさ」

「え?」

「ほら、ぬるま湯につかってるとふやけちゃうだろう。
 あたしたちの出番がないのはいいことだろけど
 だからって、ふぬけになられても困るからね。
 少し稽古でもつけてやろうかと思って」

「砦には知らせてあるの?」

「いいや。抜き打ち。
 たるんでるのがいたら、しっかり鍛え直してくるよ」

「、、、、ほどほどにしておいてやれ」

どこか楽しそうな樹荊に冬牙はくぎを刺した。

樹荊が本気になれば、並の腕では相手にならない。

「いない間は頼んだよ」

「わかっている。言われるまでもないことだ」

「気をつけて」

「ありがとう。じゃあね」

にこやかに返し、樹荊は部屋を後にした。


「まったく。腕は確かなのだから
 もう少し武官らしく振舞えばいいものを」

「あの砦、最近人員を入れ替えましたよね?」

「ああ。鍛練にはなるだろうが
 いきなり樹荊が相手じゃ、向こうが気の毒だな」

「樹荊が武官だって知ったときは、私も驚きました」

「幼馴染だから私は慣れたが
 何も言わなければ女でも通るだろう」

実際、初対面の相手には
女性に間違われる方が多いという。

言葉が過ぎて怪我をした者がいるとかいないとか。

そしてそれには、誰もが納得するのだった。

「砦の皆は大丈夫かな」

「そっちが心配だ」

2人が心配になったのは
樹荊ではなく砦の兵士たちだった。


砦に入った樹荊に兵たちは驚いた。

通達無しに姿を見せるなど前例のないことだ。

国の双壁として名の通っている樹荊ではあったが
初めて顔を知る兵も多い。

そしてやはり、その風貌に戸惑いは隠せなかった。

「砦の守り御苦労さま。
 鍛錬の成果をみせてもらおうと思ってね。
 暇にかまけて遊んでる、なんてことはないだろう」

「もちろんです。そのようなことは」

守備隊長の、少しばかり気弱な答えが返る。

来て正解だと、樹荊は思った。

「じゃあ、さっそく。
 一番稽古を受けるだけの気概がある兵はいるかい?」

兵がざわついた。

いくら稽古とはいえ、まともにやり合ってかなう相手ではない。

手を挙げる兵はおらず、しんと静まり返った。

「(やれやれ)なら、砦の代表者に願おうか」

樹荊は守備隊長に向いた。

「え、わ、、、私ですか」

「いざ」

チャリと、構えた武具が鳴る。

これが渾身の稽古の開始合図となった。


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