結婚記念日


広大な領土を持つ大国。

第一皇女リイナと夫のクルツの一日は
リイナがいれるお茶から始まる。

飲み終えたクルツから、こんな言葉がでた。

「いつもと違う香りだね。それに、、、どこか覚えがあるような」

「あなたの国の物ですって」

「そうか、、、、」

クルツは隣国の第二皇子だった。

自国は小さな国だった。

軍事力、財力、産業。どれもこの国には敵わない。

口には出さないが、誰もがわかっていた。

クルツは人質同然なのだと。

国に入った当初はクルツもそう思っていた。

だがリイナは、クルツを見下すことなく
夫として受け入れ笑顔を向けてくれた。

そんなリイナにクルツは救われたのである。

「早いものね。一年になるなんて」

「リイナ、ありがとう」

「何?急に」

「この一年、私は君に助けられた。
 君が笑ってくれたから、私はここにいられる」

「あなた、、、、」

あどけなさを残しながらもリイナは強かった。

クルツを人質と見る臣も少なくない中で
クルツを立て一歩下がる姿勢は
言葉よりも説得力を持っていた。

人質ではなく、第一皇女の夫だと。

「このまま君と一緒にいたい。
 結婚記念日を毎年変わらずに迎えられれば
 他に何も望まないよ」

「私も」

そっと寄り添う。

熱愛ではないけれど
互いを包む陽だまりのような優しい愛情。

この暖かさをいつまでもと、2人は願った。


年に一度の祭りの日が近づいた。

豊穣と繁栄を願い、国の守護神を讃える祭り。

リイナの兄であり、この国の青年王マテウスは
祭りの前日に身の潔斎のため
一日神殿に籠らなければならない。

支度を終えたマテウスはクルツと2人になった。

「祭りが終われば一年がたつか。早いな」

「兄上」

「その呼び方もようやく慣れたか」

来たばかりの頃は兄と呼べなかった。

公の場では気をつけていたが、2人になると、つい名前で呼んでしまう。

すんなり兄と呼べるようになってから、そう時間はたっていない。

「リイナがいてくれたからだ。感謝している」

「そうか。始まりが何であれ
 リイナが嫌な思いをしていなければいい」

マテウスも妹婿として常識をもっての扱いをしてきた。

多少厳しさは残っているものの
それは王としての範囲内といえるだろう。 

「警備の人数は増やしてあるが
 祭りの準備で慌ただしくはなるだろう。用心はしろよ」

「ああ」

短くはあったが気遣いをみせて、マテウスは出発した。


夜。

「何だか落ち着かないわね」

「警備が厳しくなるのはしかたないよ。
 祭りが無事に終わらるまでは、皆も同じだろう」

「兄上は相変わらずだけれど。
 ”行ってくる”の一言なんだから」

「祭主が動揺していたら周りにも伝わる。
 私からみても立派な王さ。リイナだって自慢できる兄だろう」

「ええ。それはもちろんよ」

クルツと兄が互いを認めていることはリイナも嬉しい。

どちらも大切な人だから。

「ん?」

「足音?」

ばたばたと、駆ける足音が聞こえた。

そして女官が珍しく慌てて駆け込んできた。

「大変です!」

「どうしたの」

「兄上に何かあったのか?」

「え?まさか」

「あ、あの」

「慌てるな」

女官の後ろからマテウスの声がした。


「陛下」

「騒ぐなと言ったはずだぞ」

「す、すみません」

「兄上、何かあったの」

「下がれ」

女官を下がらせたマテウスは厳しい顔だった。

そして告げたのは

「神殿に入る直前で襲撃にあってな」

2人はすっと息をのむ。

「兄上、怪我は」

「傷はない。襲ってきた男は自害した」

「どこの誰が、、、、」

「それが問題なんだ」

「犯人の見当はついていると?」

マテウスが差し出した手の中に
ボタンのようなものがあった。

「服の肩留めだろう。もみ合った最中に落ちたようだ。
 どういう意味だか、わかるか」

「嘘だろう、、、、」

「あなた」

刻まれていた紋はクルツの国の物だった。

暗殺者はクルツの国の人間。

クルツはもちろん、リイナも言葉にならない。

「私を狙った人間がお前の国の者。
 まさかとは思うが、関わってないだろうな」

「兄上、馬鹿なこと言わないで」

先に否定したのはリイナ。

だがマテウスはクルツを見据えた。

「そんなこと考えてもいない。信じてくれ」

「そうよ、今話していたばかりだわ。
 兄上のこと、立派な王だって言ってくれた」

マテウスとて信じたくはないが
この紋がクルツの国の物であることは事実。 

「わかった。ひとまずは信じよう。
 だがこれが残っている以上、わかるな」

「、、、、ええ、クルツに対しての疑いは残る。
 そういうことでしょう」

「リイナ、、、、、」

「反発は極力抑えるが、お前に対する目が
 厳しくなることは覚悟しておいてくれ」

マテウスの立場も難しくなるのだろう。

それでも、この言葉をくれるマテウスに感謝する。

「そう言ってもらえるだけで心強いよ」

「ありがとう、兄上」

「明日が無事に終わればいいが」

「尊き神のご加護を信じましょう」

その名に祈り、3人は明日を待った。






 










祭りを無事に終え、数日が過ぎた。

マテウスの懸念通り、クルツに対する目は厳しくなり
その余波はリイナにも及んでいた。

「私はともかく、君にまであんな目を向けるなんて」

「大丈夫よ」

クルツとマテウスを信じている。

その心だけは揺るがないよう
リイナは自分に言い聞かせていた。

「辛くなったら我慢はしないでほしい」

「あなた」

「君も兄も、大切な家族だ」

重なった手はあたたかく、不安がそっと消えていくよう。

「あったかい、、、、」

「リイナ」

(女神様。どうか、信じる強さを)

リイナは静かに強く願った。


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