風が伝えし奏で


並行して同時に存在する2つの世界。

一方には背に翼を宿す命が存在し、もう一方には翼を持たぬ命が存在する。

それぞれに息づく地で、日々の営みは続いていた。


翼を宿す者が住む地は、浮島の集まりで構成されている。

白の翼を宿すヴィクトリアは、草原の浮島で風に吹かれていた。

不意に風が向きを変えた。

緩やかだった風が勢いをつけて一斉に流れてゆく。

「どうしたの、急に」

ヴィクトリアは風の精霊に問いかけた。

有翼側の世界では精霊の概念がある。

翼を持たぬ人の側では、忘れられた存在といえよう。

だが、こちらでは同じ世界で生きる命であり
精霊との会話も当たり前のことだった。

ヴィクトリアの問いに精霊が答えた。

「歌っている」

「歌?」

「シェスタが歌っているんだ。美しい声で。
 みな彼の歌が好きだから、声を聞きつけたのだろう」

風は音を伝える。

ヴィクトリアには届かない場所の声でも
風の精霊は伝え聞くことができるのだ。

「精霊が一斉に向かうほど美しい声の持ち主、、、。
 でも、彼というのなら男性なのよね?」

「ああ。けれどその歌声は性別など感じさせない奇跡。
 聞いてみたのなら来るといい」

精霊は歌を求めて流れ去った。

「そんなに美しい声の持ち主なの。シェスタ、、、、」

ヴィクトリアは精霊の後に続いた。


「見えてきた」

やはり草原の浮島の中、風が伝える。

「これは、、、、、」

「聞こえる?」

「ええ」

邪魔にならないよう多少の距離を置き、ヴィクトリアは下りた。

漆黒のドレスコートに鮮やかな紫色の髪。

風と戯れながら、シェスタは緩やかに奏でていた。

ヴィクトリアは黙って耳を傾ける。

音程、強弱を自在に操り
声そのものが完成された一つの楽器。

心地よい調べに包みこまれてゆく。

(何だろう、、、、この感覚。何も考えられない)

上手、下手という評価を通り越し
何も考えられずに惹き込まれてゆく。

全神経、感覚がシェスタに向かっていた。

どれくらい時が止まっていたのだろう。

静かに歌が終わり、シェスタはヴィクトリアに向いた。

「あ、、、、あの」

自分が受けたこの感覚を何と伝えたらいいのだろう。

ヴィクトリアは言葉が出ない。

シェスタは微笑むと、ゆっくり歩み寄った。

「私の歌、お気に召していただけましたか?」

「は、はい」

「よかった」

歌と同じように、シェスタは対峙する相手を包み込むような
優しい穏やかな雰囲気を持っていた。

目の前にいると、安心できるようなほっとするような。

ヴィクトリアにも微笑みが浮かんだ。

「心地いい奏でに包まれました。綺麗な歌。
 そうね、、、、思いがけずに宝物を見つけたみたい」

「素敵な褒め言葉をありがとうございます。私はシェスタ」

「ヴィクトリアです。また聞かせてもらえるかしら」

「風が伝えてくれれば」

風が揺れた。

「風の気まぐれはわからないよ」

「そんなこと言わないで。
 シェスタさんの歌が聞こえたら伝えてちょうだい」

「黒の統括様は
 風に吹かれるように気の向くまま落ち着かないから」

「え、、、、、」

「一言多いですよ。それに、気の向くままの旅暮らしは
 昔の話でしょう。それこそ、統括になる前の。時効です」

「統括様、、、、黒の。ごめんなさい。
 い、いえ、ご無礼失礼いたしました」

ヴィクトリアは膝を折った。

この地には、黒の翼を持つ者と白の翼を持つ者がいる。

黒の最高位が黒の統括。同じ意味で白の統括がいる。

更に有翼全体の頂上には
白銀の翼を持つ白銀の統括がいた。

統括とは、畏敬の念を以て傅かれる立場である。

かといって、統括となった者がみな
居城の中から命令をくだしているだけ、というわけではない。

シェスタの場合、統括という肩書があろうがなかろうが
穏やかで丁寧な立ち居振る舞いは変わらなかった。

無論、立場と責任は忘れないうえで
シェスタはヴィクトリアの手を取って立つように促す。

「褒めてくれたのだから、無礼ということはないでしょう」

「統括様に、私とんでもない口のきき方を」

「確かに黒の統括という立場を預かってはいますが
 ここは公的行事の場ではありません。
 そう固くならずともいいですよ」

「、、、、はい」

うつむいていたヴィクトリアはようやく顔を上げた。

「そう、顔を上げて。
 風の精霊が歌を届けてくれること願っています。では」

「あ、あの、黒の統括様」

飛び立とうとしたシェスタを、ヴィクトリアは呼びとめた。

ヴィクトリアは、一つ気になっていることがあった。

統括相手でなければ意味もない話だが
自分から統括の居城へ出向くのも気が引ける。

そんな状態で、偶然統括に会えたのだ。

ヴィクトリアは心構えのつもりで一つ息をのんだ。

「あの、一つお話を伺いたいことがあるんです。
 いきなり不躾だとは思いますが、お時間頂けますか」

「時間はあるけれど、ここでいいのですか?」

「それ、、、、は、、」

言い淀んだヴィクトリアの心情を考えるに
他には聞かれたくないのだろう。

「では、私の居城で聞きましょう。
 外ではないほうがよさそうですね」

「申し訳ありません」

「ついてきてください」

ヴィクトリアを伴い、シェスタは飛び立った。


   BACK   NEXT