ささやき


明りの落ちた部屋で男2人が向き合っていた。

「準備はできました。工房の創立記念日に実行します」

「キエヌ一の工房に相応しい、賑やかな祝いになるだろう」

工房の創立記念日3日前のこと。


創立記念日前日。

「明日ね」

「ああ」

「今年は陶器も出すの?」

「数はそんなにないけど
 予定はしてるみたいだよ」

「毎年人出は多いけど、また一層賑やかになるわね」

「工房の品を楽しみにしてくれるのは嬉しいけど
 どこからあれだけ集まるんだか。
 人が集まる、、、、、まさか」

「凪?」

年に一度の創立記念日。

体験教室に加え展示即売会が催される。

通常の市価よりも安く販売するため
毎年多くの人が訪れていた。

もしも、そんな中で火災が起きようものなら。

「それが狙いだったのか」

「凪、どうしたのよ」

「、、、、、」

「凪、聞こえてるなら返事しなさい」

「と、ごめん姉さん」

すっと引き戻された。

「何考えてたの」

「明日が無事に終わればいいと思って」

「何かいつもと違うことが起きるかもしれない。
 そういうこと?」

全てがまだ憶測でしかないこともあり
舞夢には塗料の疑惑を話していなかった。

だがにわかに現実味を帯びてくる。

騒ぎを起こしたいのなら
創立記念日は格好の舞台だ。

「まだ確証はないんだけど、実は」

凪は塗料に関する一連を話した。

聞いた舞夢は驚くだけだった。

「そんな事になってたの」

「もし何か仕掛けてくるなら
 明日じゃないかって思ったんだ」

「塗料は」

「入れ替えてはある。
 火を投げ入れたとしても火事にはならないはずだ」

「それだけでも少しは安心できるでしょう。
 はっきりしないのは、もどかしいと思うけど」

舞夢の言う通り
つかえたような感覚が常にあった。

いっそ事件なら警察が動ける。

「憶測だけで警察が動くなんて無理だしな。
 何だか、飲みこめない物がつかえてるみたいだよ」

「ひとまずは明日が無事に終わることね」

「ああ」

「出来ることはやったんだから、信じるしかないわよ。
 事件にならないよう願ってるわ」

「そうだな。
 明日が終わってくれれば、いくらか落ち着くかな」

フィエラも、今夜は同じことを考えているだろうか。

紅響を相手に似たようなことを言っているかもしれない。

隣でただ聞いてくれる誰か。

そんな存在に凪は改めて感謝をするのだった。









「フィエラ、お茶がはいりましたよ」

「ありがとう」

塗料の一件を話してから
紅響は甘めのお茶を作っていた。

少しでも気分がほぐれればと
生活の中で様々な気づかいをみせる。

そんな紅響の心は、言葉よも強く優しく
フィエラの支えとなっていた。

「お仕事の方、その後大丈夫ですか」

「うん、今のところは変化なし。
 塗料も入れ替えてあるから、あれを使って
 どうこうは出来ないと思うけど」

「やはり落ち着きませんか」

他に何ができるのか。

紅響がそれを考えていることは、すぐにわかった。

「でも大丈夫だよ。紅響が色々やってくれるから」

「フィエラ」

「いつもより少し甘いお茶もおいしい」

フィエラは微笑んでいた。

「わたくしが役に立っているのなら
 わたくしにとっても喜びです」

飾らず、素直に伝えられる言葉。

信じられる相手だから不安も見せられる。

「考えてみたんだ。
 本当に工房で働いてる人なら、何でだろうって」

「フィエラ」

「僕は今の仕事好きだし
 ローゼンタの職人だっていえること嬉しい。
 でも、そうじゃない人もいるってことだよね」

「人の心は千差万別。他者と関わる中で変化もします。
 工房の誰かだとしたら、その方はフィエラと逆の
 感情を抱くような辛いことに遭遇したのでしょう」

「何度でも変わることはできる。
 嫌になっても、きっかけさえできれば
 好きになれるよね」

まだ信じたいのだ。それがフィエラの想い。

紅響は目には見えないものでそっと包んだ。

「人の営みは、心が交差し感情がぶつかることです。
 その中で歪みが生まれてしまうのは
 おかしなことでも、不思議なことでも無い。
 当たり前のことです。いつも笑ってはいられない」

「うん、、、、」

「ですが、その歪みを少しでも小さくしようとするのも
 また人にしかできないのですよ。
 ローゼンタでいうならば、カーネリア殿や瑞樹殿
 工房の皆様が、よりよくしようとなさっているはず。
 わたくしは、お仕事のお手伝いはできません。
 その代わり、おいしい食事とお茶で
 お仕事から帰るフィエラをお迎えします」

「紅響、、、、」

「いつでも」

「紅響がいてくれてよかった。
 一人だったらもっと悪いように考えてた」

「迷いも戸惑いも生きている証。全てがフィエラなのです。
 わたくしは、どんなフィエラでも受け止める覚悟でおります」

道に迷うことがあっても踏み外すことはないように。

紅響は、静かな夜にそんな祈りを込めた。

















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