時の狭間にて


「春になったらまた2人で来ようと言った。一人で来ることになるとは思わなかったよ」

ジェラールは胸元にそっと手を乗せた。その下にあるロケットを抱くように。

愛した人とこの町に来たのは冬の初め。

春になったらまた2人で来ようと約束をした。叶うことを疑いもせず。

だが、ジェラールは一人だった。

季節が変わる僅かな間に、愛した人は短い生涯を終えたのだ。

ジェラールは2人で歩いた道を辿る。

思い出すのは他愛の無い会話。そして笑顔と2人分の足音。

半ば幻の中を歩きながら、ジェラールは森に入った。

道のない道を歩き、やがて日が翳りだしたところで足を止めた。

「、、、君のいない場所で生きていく意味もない。
 怒るだろうな。だけど、、、行くよ」

そう、ジェラールは愛しい人を追いかけるためにこの町に来た。

迷い無く、引導を飲み干す。

ぼやけていく意識の中で、目が覚めたときには目の前にかの人がいることを願った。


「、、、、ん、、ここ、、は、、」

目が覚めて見えたのは天井だった。

「まさか、、、」

ゆっくりと体を起こし、胸に手を当てる。鼓動は確かだった。

「助けられたのか、、」

人が通るとは思っていなかった。日が翳った後の夜の道だ。

近くを通ったとしても
ぶつかるなりしなけば気がつくことは無いだろう。

普通にとれば、運がよかったのかもしれない。

だが、ジェラールにとっては逆だ。

「君が、、、助けようとしたのか?会ってはくれないのかい」

答えを求めたくとも、相手はいない。

短いノックの音がした。

一拍の間を置いて入ってきたのは一人の女性。

真っ直ぐ伸びた藍色の髪に、鮮やかな紫のドレスを纏っている。

「気がつきましたか。よかった」

「あなたが私を?」

背が高い人ではあったが男一人担げるとは思えない。

ジェラールの問いに、女性は首を横に振った。

「クレスティアと申します。あなたを見つけたのは
 町からこの屋敷に配達を頼んでいる方です。
 運び入れてもらいました」

「ジェラールです。、、、ありがとうございました」

助けてくれた相手に死ぬつもりだったとは言えず
ひとまずは礼を述べた。

「怪我は無いとのことでしたが、もう夜ですし外は雨。
 道も悪くなっているでしょうから、2,3日はお休みください。
 この屋敷には私一人ですし、お気兼ねなく」

「一人、、ですか?」

「主人を亡くし、子供もいませんでしたから。
 今はここで、静かに暮らしております」

ジェラールは部屋を見渡した。

華美ではなく、上質のものを品よく揃えた部屋。

この部屋だけでも、それなりに格のある屋敷だと思う。

「お一人では寂しいでしょう。それに無用心では」

「、、、正直、後を追うことも考えました。
 けれど、あの人の最後の言葉が”生きろ”だった」

「、、、、、」

それは、ジェラールに向けられたものと同じ。

だが、その言葉を思い出すたびに心が締め付けられる。

それを抱えながら生きるのが苦しくてこの町に来たのだ。

「強い人だ、、、あなたは」

無意識に言葉にしていた。

「何か温かいものをお持ちしますね。
 屋敷の中はご自由でかまいませんが
 この階から廊下で繋がる離れがあります。
 そちらだけは、ご遠慮ください」

「わかりました。お断り無く、足を向けることはしません」

「では、、ごゆっくり」

クレスティアは軽い会釈をすると静かに部屋を出て行った。

「君が、、、あの人に会わせようとしたのか?だけど、、、」

ジェラールの問いに返ってくるのは、雨音だけだった。


薬を飲んでから発見されるまで、よほど短かったのか。影響が残ることも無く、ジェラールは回復した。

だが土砂降りの雨がやまず、すでに3日目の夜。

屋敷の中を歩いてみたが、クレスティアの言葉どおり以外の姿はない。

「ジェラールさん、よければお相手願えませんか」

クレスティアが取り出したのはチェス板だった。

「ええ、いいですよ」

二人で向き合い駒を進める。ジェラールにもそれなりの自信はあった。

だがクレスティアは更に上をいった。

「強いですね」

「主人に鍛えられましたから。これで、如何かしら」

「おや、、、お見事です。では、もう一勝負」

「主人と同じ言い方をなさる」

「、、、、、」

想っていた相手への気持ちが強いほど、思い出に変えるのは難しい。

時間を必要とするだろう。その中でなお、クレスティアは生きている。

「辛くありませんか。一人では尚更。
 部屋にある写真の中で、あなたとご主人は幸せそうに笑っている。
 思い出として、見ることができると?」

「辛くないといえば嘘ですね。
 けれど、私がいなくなれば生きていた主人を知る者がいなくなります。
 私が生きることが、主人の存在の証。
 ですから、生きることができる間は、生きようと決めました」

「生きることが、、、存在の証だと」

「ええ。思い出にはしません。今でも愛していますもの。
 あの人の望みを叶えることが、私にとっても喜びになる、、、」

そう言って写真に目をむけたクレスティアは、写真と同じように微笑んでいた。


 BACK  NEXT