白百合


「今日もいい天気だな。さて」

晴れた休日。ルネは町を見渡せる丘へと向かった。

途中で焼きたてのパンと果物を買い、町を抜けて澄んだ小川の水をすくえば
立派な昼食のできあがり。

あの丘に吹く風がルネのお気に入りだった。

「いい風だ、、ん?」

この場所で他の人に会うことはまずないが、今日は先客がいた。

草の上に寝転んで風に吹かれている。ゆるく波をうつ髪が少しだけ揺れていた。

(先客がいたのか。邪魔をしては悪いかな)

向きを変えたところで、不意に突風が吹いた。

「うわ。あ、、」

昼食が風にさらわれたと思った、が、眠っていると思っていた先客が
袋ごとそれを掴んだ。

ゆっくりと上半身を起こすと、ルネに向き直る。

深い青色の瞳。だがそれは片方だけで、もう片方には大きな傷があった。

閉じた状態のまま、すでにふさがっているようだ。

「これはお前のか」

「、、ありがとう。あの」

「、、この傷が恐ろしいか。まあ、たいていそうだろうな」

「いえ、、すみません。職業柄つい。私、医者なんです」

「、、、いい観察材料か」

「違います!そんなつもりじゃ」

「、、、、、」

ルネは自分が何を言いたいのかわからなくなっていた。

「すみません、、、何を言っているんでしょうね」

「おかしなやつ」

片目の男、風響の中で生まれたいたずら心。

歩み寄った風響はルネの腕を引いた。

「あの!?」

すぐ近くに瞳があった。腕の中に入ると気がついたとたん、頬が染まる。

「、、、わかりやすな、お前」

「、、、ルネです」

風響はルネを離した。

逃げ帰るか、怒鳴り返すかが普通なのだろうがルネは立ちすくんだまま動けなかった。

「、、、大丈夫か」

やりすぎたかと肩を叩いたとたん、その場に座り込んでしまった。

「、、力が抜けて、、」

「、、、悪かったよ。これお前のだろう。ほら」

受け取った袋と風響を交互に見ながら
ルネは何故だか解らないがこう言っていた。

「よかったら、一緒に如何ですか」

「は?」

「この風景と風が好きで、天気のいい日はここで昼ご飯にしてるんです。
 たまには誰かと一緒でもいいかなと思って。
 あ、、すみません、初めて会った人にこんな、、あの、迷惑でなければ」

「く、、はは、、」

表情の動かなかった風響が笑った。

(へえ、笑うと優しい顔になるんだ。
え、、何やってるんだろう、初めて会った人に、、)

「ま、いつも1人だからたまにはいいか」

偶然と気まぐれが上手くくかみ合ったのだろう。並んで町を眺める。

「この風は本当に気持ちがいい」

「風が響く。それが私の名前だ。誰がつけたのかも忘れたけどな」

「風が響く、、、素敵ですね。この風のように優しい人なんだ」

「(優しい?私が?無理やり羽をもぎ取った私をか?)、、、思い込みだ」

「でも、笑った顔。優しかったですよ」

そう言って微笑むルネのほうが、ずっと優しく見えた。と教会の鐘が鳴った。

「もう、こんな時間なんだ。付き合ってくれてありがとうございました」

「、、、気まぐれだ」

「あまり、、自分のこと悪くいわないでください。きっと、それが一番苦しい」

ルネの言葉に心の何かが揺れた。

だがそれいじょう返すことはせずに、ルネが戻る足音を背中で聞いた。

「どうかしてる、、たかが人間1人に」

ルネがいなくなったのを確認すると、風響は双翼を翻した。背にあるそれは漆黒。

「この姿の私にも同じことを言うのか?」

人は勿論、翼を持つ同族からも恐れられる。誰かを望むことなど、とうの昔に諦めたのだ。

「礼はいうよ。うまかった」

羽音とともに空へと消えた。


もう会わないと思っていた。足を向けなければいいだけのこと。

なのに何故かあの場所へ向かっていた。

そして、ルネはいた。ひどく沈んだ顔で。

「、、、どうした」

「ふふ、、医者の不養生。私が患者になってしまいました」

「病気か?」

「人の命を救うことが昔からの夢だった。
 ようやく、それが叶うと思ったのにどうしてこんな、、、」

そっと、ルネの肩を抱く。

「私の親も病弱で助けたくて医者になったんです。でも助けられなかった。
 まだ私の腕は全然追いつかなくて、必死で勉強し直しました。
 これから、人の命のために何でもするつもりだった。
 、、、白い百合の花が好きなんです。花の意味、知ってますか?」

「、、、、、」

「薄命だそうですよ。これも、運命だったんでしょうか」

「どんなに手を尽くそうが、命あるものいつかは死ぬ。
 そもそも、命を操作できると思うのがおごりだ」

「目の前に、救える命があったとしても?」

「どのみち死ぬんなら、病院に縛り付けるより
 好きなことをさせてやるんだな。お前は何がしたい。
 自分の命を永らえることと、人の命を永らえる手助けをすることと
 やりたいのはどっちだ」

「、、、私がしたいこと」

「ルネってのは月の意味もあるんだろう」

「ええ」

風響は自分のペンダントを引きちぎるとルネの手に乗せる。

月の涙。ムーンストーン。

「やりたいことを精一杯やって死ぬほうが幸せだ。
 やりたいことをやりたいようにやればいい」

「、、、う、、」

「、、、泣くことか」

「、、ごめんなさい」

「謝るな」

「、、ありがとう。最後のときまでやりたいことを精一杯やります。
 約束させてください」

「ああ、、」

草の海の中。想いを誓い合う約束の木の前でのことだった。


それからルネは、約束のとおり人のために懸命に生きた。

そしてあの丘に足を運ぶが、風響と会うことはなかった。

手元に残ったムーンストーンを片時も離さずに、月日が流れたある日。

同じように町を見つめるルネの背後で足音がした。

振り向いたそこにいたのは、左右違う色の瞳をした知らない相手。

アメジストとエメラルド色の瞳は宝石のようだった。

「、、、すみません。驚かせたかな」

答えずに、首を振る。

「待っている人かと思ったから、、
 綺麗な色ですね、宝石のような瞳をしている。
 、、少しだけ、話を聞いてもらってもいいですか?私はルネ」

「、、、キュリオ」

「ここ、座って」

キュリオは大人しく隣に座る。

「私、ここで会った人が忘れられなくてここに来るのだけれど
 どうしても会えなくて」

「、、、、、」

「医者をしていたんですが、その私が患者の立場になってしまった。
 やっと、やりたいことをやれる、そんなときでした」

ルネは初めての相手に言葉を続けていた。

なんの反応もない。だから話せるのだろうか。

「そしたらその人がこう言ってくれました。
 やりたいことを精一杯やって死んだほうが幸せ。
 だからやりたいことをやりたいように、それでいいって。
 その言葉で救われた気がしたんです。
 その言葉どおりに最後まで生きようって思えた。
 これ、その人からもらったんです」

手にはムーンストーンのペンダント。

「でも、、それも限界みたい。もう、長くありません。
 もう一度会いたいって、ここにきているのだけれど上手くいかないみたいです」

「、、、どんな人?」

「名前は、、、ちゃんと聞いてなかったな。風が響く、、それが名前だって言ったけど」

「風が響く、、、」

思い当たった。

「、、、風響、、、」

「、、、知ってるんですか?」

「片目を怪我してる。蒼い瞳の、、」

「あ、、、そうだ。どこにいるのか教えて、、ぐぅ、、う、、」

胸が痛む。そう、この痛みに押しつぶされる前に会いたい。それだけだった。

「風響は、、、」

黒い翼を持つ相手。自分の翼を引きちぎった相手。

あの風響が人を助けるなど信じられないが
ルネの話を聞く限りルネにとっては救い。生きる力を与えた。

言ってしまっていいのだろうか。信じるだろうか。

キュリオは黙ったままだった。

「、、キュリオは風響にあえるんですか?」

「、、、わからないけど、あの人が来れば」

「これを、会えたら渡してください」

ルネはペンダントを渡す。

「そして伝えて。もう会えないだろうけど、ありがとうって。
 約束どおり、やりたいことを精一杯やって生きると」 

「、、、、」

「お願いします」

「、、わかった。会えたら」

「ありがとう」

鐘が鳴った。

「あ、、帰らなきゃ。、、本当にありがとう」

ルネが帰る足音を、風響と同じように背中で聞いた。


「あなたが、人を助けたの?」

ただの気まぐれなのか、本気だったのかはわからない。だがキュリオにとって風響は恐ろしい相手。

目の前に立っただけで、まして腕に抱かれようものならあの時の感覚だけが蘇り、何も考えられなくなるのだから。

「ごめんね、、、これ、きっと渡せない」

その時が、渡せるときがくるのだろうか。キュリオにはわからなかった。


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