


人造天使
「は?ちょっと待て。無茶言うな」
電話をしていたイツキの声が急に大きくなった。
「終わらせたばかりだから、私自身の時間はある。だが、そんなんじゃろくな準備はできないぞ。
なんでもいいって、お前、ああ、わかったよ。、、、わかったからいい大人が電話口で泣くな!
とにかく、また後で連絡する。先に決めなきゃいけないことだけFAXくれ」
電話を切ったイツキはソファーに座ると腕を組んだ。
難しい話なのかな。僕はお茶をいれて隣に座った。
「イツキ、置いとくよ」
「ん?ああ」
「難しい話なの?」
「個展の依頼だ」
「終わらせたばかりなのに忙しいね。いつから」
「半月後」
「だから怒ってたんだ」
「、、、、別に」
イツキの仕事は人形師。人形を作るのが仕事。
半月じゃ、いつもの準備期間の半分にもならない。
「新しいの作る時間ないね」
「前のを持って行くしかないな」
イツキは不満そう。
けっこうプライド高いから
まるっきり同じものは持って行きたくないんだろうな。
「ディスプレイだけでも替えるか」
イツキはソファーを立った。個展になると工房に引きこもりになる。
まして今回は、終わるまで出てこないかも。
「イツキ、ご飯はちゃんと食べてよ」
仕事の邪魔はしないけど、倒れたりしたら大変だもん。
もっとも、一人暮らしのときは、そんなこともあったらしいけど。
「わかってるよ。店閉めといてくれ」
「うん」
個展が終わるまではお店も臨時休業。イツキはお茶だけ持って工房へ向かった。
「イツキったら、、、、」
やっぱりイツキは工房から出てこない。目の前にあるご飯は食べてくれる人を待っている。
「ごめんね。僕は人形だから、食事はできないんだ」
そう、僕もイツキが作った人形。
器の無い、人には見えない僕はイツキが作った人形の中に入ってしまった。
人と同じように動くことが出来る、話せる。だけど、やっぱり僕は人形なんだ。
「人はご飯食べなきゃね」
僕は工房に足を向けた。
「イツキ、ご飯」
工房の扉を叩く。暫く待ったけど、反応が無い。
まさか、本当に倒れたんじゃ。
「、、、、ちゃんと声かけたからね」
静かに扉を開けた。扉の音に反応したイツキがこっちを見てる。
「倒れたら大変だよ。ご飯食べて」
怒ってるかと思ったけどそうでもなさそう。
「イツキ?」
イツキは無言でじ〜っと僕を見る。
「どうしたの?」
「ちょうどいい。手伝ってくれ」
「手伝うって、、、イツキ」
「これだけ終わらせたら食べるよ」
一応僕の言いたいことは伝わったみたい。
早く終わらせてちゃんと食べてもらわなきゃ。
「とりあえず、座ってくれ」
最初にこの器があった椅子に座る。
「何するの」
「アイとウイッグを変えて、メイクも変えるかな。最後に写真だ」
「、、、、、それって」
始まったらものすごく時間のかかる作業じゃないんだろうか。
ましてイツキの性格じゃ、途中でやめるなんて考えられない。
「イツキ、ご飯」
「、、、、、」
「始めたら、途中でやめるなんてしないでしょう。
だったら先にご飯食べて。そしたら手伝う」
「、、、、頑固だな。意外と」
僕はイツキの手に触れた。
「冷たいでしょう?僕の手」
「、、、、、、」
ぬくもりも、脈もない。人形の手。
「僕に言ったよね。動くことはできても僕は人形。
それを忘れるなって。だったらイツキは人なんだよ。
人には睡眠と食事が必要。そうでしょう」
意地悪な言い方かもしれない。イツキは黙ってる。
そのうち、ぽつりとイツキが言った。
「、、、、、悪かった」
「、、、、、ううん」
「飯にするか」
「食べてくれる人がいないとご飯も寂しいよ。一度戻ろう」
僕の存在はとてもあやふや。人とも人形とも違う。
でも、それが今の僕なんだ。ひとまず工房を出てご飯にした。
何だかんだいってもイツキは仕事が気になるみたいで、食事の進みが速い。
言葉少なに終わらせて工房に戻った。アイとウイッグ、メイクも変えて渡された服に着替える。
「これって何のイメージ?」
「霧の向こうに見え隠れする影、かな」
「、、、、進む道を探す影、だね」
「何か言ったか?」
「何でもない」
見え隠れする影を追いかけて、見えない道を進んでいく。人はきっと、そんなふうに生きている。
その途中で道に迷った時、手を差し伸べてくれる誰かを求めて、人は誰かを愛そうとするのかもしれない。

