



Small Chair
「イツキ、コーヒー」
「ん」
入れたてのコーヒーを置く。その横には小さな椅子があった。
椅子っていうよりは、一人かけの高級ソファかな。
昔のヨーロッパのお城とか、そんな感じの。
「どうしたの、これ」
「もらった。
知り合いでこういうのを趣味で作ってるのがいるんだ」
「趣味なんてもったいない。よくできてるのにね。
お店に飾ったら?イツキの人形に似合うと思うよ」
「そのうちな」
せっかくもらったのに、素っ気ないんだから。
イツキは人形師。人形を作るのが仕事。
お祖父さんも人形師で
後を継いでくれって泣きつかれたらしい。
でも、受けたからには手を抜かないで真面目にやってるのが
イツキのえらいところだと、僕は思う。
「じゃあ、こういうのを仕事にしてる人はいるの?」
「仕事としてはあるけど、知り合いにはいないよ」
「そっか。少し残念かも」
「どうしてだ」
「イツキの人形と、人形のために作られた家具とか小物とか
そういうのが一緒になった展示会も素敵なんじゃないかなって」
「、、、、」
何故か、イツキはよさそうな顔をしなかった。
人形が作る非日常。
背景とか小物とか、揃えるの悪くないと思うけど。
イツキはそうじゃないのかな。
「そういうの嫌い?」
「お前がここに来る前に、話はあったんだ」
「そうなの。じゃあ、いいものにはならなかったんだ」
「等身大の人形でやりたいって言ってきた。昔の洋館を、そのまま会場にしてな」
「服とかも、そういうのってことだよね」
「ああ」
僕は想像してみる。
時を止めた場所で
同じように時を止めた等身大の人形が並ぶ光景。
「、、、、ちょっと、リアルすぎるかも」
「切り取った場面として作るか
同じ洋館を使うにしても人形の大きさを考え直すかすれば
現実との境ができる。
だが、向こうの言ってきた展示の方法じゃ
現実と非現実が混ざるだろう。
見に来てくれた人に錯覚を生むような展示はしたくない。
そう言ったら、あっさり計画そのものを取り下げてきた」
その時を思いだしているのか
少し、考え込むような難しい顔になる。
「この大きさに見合う人形が見せる世界なら
やってみたい気はするけどな」
「お店の中で、そういうのを作るのはどう」
「やろうとすれば、それなりの広さがいるだろう。
詰め込んで狭苦しい印象にはしたくない。
そうなると人形の数を減らさなきゃならないしな」
「そう。お店じゃ無理か。あ」
「どうした」
「個展の依頼、きてたよね」
「ああ。詰めるのはこれからだ」
「だったら、家具とか背景とかも含めて作ってみたら?
例えば、、、森を歩いていて伝説の生き物と出会う。
妖精とは半獣とか、おとぎ話に出てくるような」
本の中で広がる光景が現実に目に見える形になったら、とっても楽しいと思う。
現実の中で見るおとぎ話の世界。
それはイツキのいうように人を惑わせるものじゃない。
そんなことを考えていたら、イツキは僕を見ながら小さく笑った。
「変なこと言った?」
「いや、随分楽しそうだからさ」
「だって、イツキの個展なら絶対素敵に出来あがるもの」
「買ってくれるな。
まあ、妥協して納得がいかないものを作っても
意味はないと思ってる。
手を抜くことはしないつもりだ」
人形をより美しく見せるため
人に愛される存在であるために。
イツキは、いつもそれを考えながら人形に接してる。
きっと、イツキのお店に並ぶ人形たちは幸せで
そんなイツキに助けられた僕は幸せなんだ。
「イツキでよかった。僕を助けてくれたの」
「助けた?どういう意味だ」
イツキは不思議そうな顔をした。
「だって、イツキじゃなかったら絶対怖がってるでしょう?
人形が勝手に動いて喋ってるなんて」
「まあ、、、な」
そう、僕は人形。
イツキが作った人形の中に
器を持たない僕は入り込んでしまった。
人でも、人形でもない中途半端な存在。
この先のことが不安じゃないっていったら、嘘になる。
だけど、少なくともこうなったのはイツキのせいじゃないもの。
「どうしてこうなったのかは、今でもわからないけど」
この状況が説明できたその時は、別れの日になるのかな。
僕はまた、ふわふわゆらゆら。
いつまでもこのままじゃ、イツキの迷惑になるのはわかってる。
でも、その時を考えると少し寂しい。
「アレク」
「何」
「あまり考えすぎるな。
いくら考えたところで、今の私たちにどうこうできる事じゃない」
「イツキ、、、でも」
「ん?」
「僕は、イツキを惑わす存在になってない?
この小さな椅子が似合う人形ならまだしも、僕は」
「私は人形師だ」
「、、、、、」
「今までどれだけの人形に向き合ってきたと思う。
確かに今回みたいな状況は初めてだ。
けど、人形が見せる奇跡も人形に惑う人も
嫌と言うほど見てきた」
「、、、、、」
「だから、その心配はするな。
お前がいることで惑いはしない。
ミイラ取りがミイラになることはない」
「、、、、ありがとう」
僕には表情がない。
涙も笑顔もないけれど、イツキのためにできることなら
僕はきっと、迷わずに進める気がする。
「次の個展、方向が決まったらまた頼むよ」
「うん」
初めのころは仕事中の工房に立ち入り禁止だったけど
最近は簡単なことを手伝うようになった。
少しでもイツキの役になってるなら、僕も嬉しい。
「この豆、新しく買ったやつか?」
「うん。初めて使うから標準でいれたけど、どう?」
「もう少し、濃くてもいいな」
パッケージには一段とコク深くって謳ってあったけど、それでもイツキには薄いんだ。
「次は粉の量増やしてみるね」
「そうしてくれ」
まずは、新しい豆でいれるコーヒーをおいしいって言ってもらえるように頑張らなくちゃ。
イツキの夢が現実の中で形になるように。
そして、もしかしたら明日かもしれないその日に後悔がないように。
あやふやな命。命といえるのかもわからないけど、僕は確かに生きてる。
そうだよね、イツキ。