想紡ぎ


時計が鳴った。アンティーク調の大きな振子時計。重たい音が響く。

お店も閉店時間。イツキは時間きっかりに錠を下ろしてカーテンを引いた。

「コーヒーいれておくね」

「ああ」

僕はお店と住居部分を仕切る扉を抜けた。


並ぶ缶から一つを取りサイフォンにかける。

どれも似たり寄ったりであまり変わらないって言うけど、これは気に入ったみたい。

しばらくして、イツキが戻るのと同じくらいでコーヒーが沸いた。

「はい」

「この前のか」

「そう。イツキがおいしいって言った豆だよ」

「不思議とこれは飲みやすいんだよな」

言いながらブラックのそれを飲む。

苦味強めって袋には書いてあったけど
イツキの味覚って独特なんだろうか。

「あと、これ。今日届いたけど」

大きめの封筒がイツキ宛に届いてた。

受け取ったイツキは封を開ける。

横からのぞくと”芸術祭コンクール”と書いてあった。

他にも2、3枚。

「もうそんな時期か」

「何のコンクール?芸術ってことは絵とか彫刻とか」

「そんなもんだな。審査員を頼まれてるんだ。私は彫刻のほう」

イツキの仕事は人形師。人形を作るのが仕事。

イツキのお祖父さんも人形師で、店ごと譲り受けたって聞いてる。

「個展が入るな」

見ながらイツキが呟いた。

「ほんとだ。同じくらいだね」

「準備の進み具合によってか」

いくつか書かれている項目の中に、入賞100万円とあった。

「この100万円って、高いの?安いの?」

「私が知ってる中では平均的だ。
 けどこの手のものは、賞金より名前を売るほうが重要だろう」

「コンクール入賞って肩書きがつけば、有名になれるもんね」

「規模も大きいし、業界の中じゃ名の通ってるやつだからな。
 いくらいい物を作っても、知る相手がいなきゃ客もつかない」

「芸術を仕事にして食べていくのって大変なんだ」

「私の場合はじいさんの客もそのまま引き継がせてもらったけど
 仲間内の話を聞いてると大変そうだよ。
 死んでから評価の上がる芸術家だってざらだしな」

確かに家にある本なんかを読んでも
不遇の時代を経て晩年にやっと評価された
なんていう話は多かった。

それでも、芸術家になりたい人はいなくならない。

何を目指して、どんな想いで芸術を仕事にするんだろう。

夢を与える。

そんな言葉も聞くけど、現実との溝はけっこう大きい。

「夢と現実を両立させるのって厳しいよね。
 趣味なら、好きな時間で好きなようにできるけど」

「現実の儲けだけを求めてたら、人の心は動かせない。
 ギスギスして錆びついた、味気ないものなるからな。
 だが夢や霞を食って生きていけるわけでもない。
 難しい仕事だよ。私だって、いつまでやれるかわからないさ」

イツキが珍しく弱気になってる。疲れてるのかな。

疲れたって言葉はあまり聞かないけど
言ってないだけでほんとは苦労も多いんだ。

「、、、、、イツキも苦労してるんだね」

「、、、、、しみじみ言うな。本気でめげる」

イツキはソファーを立つと大きく背伸びをした。

「工房にいる」

「わかった」

今回の夕食はイツキの好きなものにしよう。


「、、、、、いつものことだけど」

工房に下りたイツキはなかなか戻ってこない。

一度工房に下りると時間が見えなくなるのはいつものことだけど。

僕は工房に下りた。


「イツキ、入るよ」

声をかけて扉を開ける。

イツキは、壁にかかった写真を見てた。

少し間をおいてイツキは振り返る。

「そんな時間か」

「うん。この人は」

「じいさん」

イツキのお祖父さん。見るのは初めてだった。

「技術は教えられる。
 だが、人形と向き合う時の心は自分で育ててほしい。
 そう言ってた」

そういえば僕も聞いたことない。

イツキが何を思って人形を作るのか。

継いでくれって泣きつかれたとは聞いたけど。

イツキは人形と向き合って何を想うのだろう。

、、、、、僕と一緒にいて。

「イツキは何を想うの」

「まだ育ててる途中だ」

「それ答えになってないよ」

「飯にするか」

「イツキ」

イツキは先に工房を出てしまった。上手くはぐらかされたみたい。

写真の中のお祖父さんは、そんなイツキを見守るように微笑んでる。

夢と現実の間にたゆとう人たち。機会があったらお祖父さんの話を聞かせてもらおう。

そんなことを思って、僕は工房を後にした。


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