


プリンセス
「コーヒーでいい」
「ああ」
夕食の後はいつものコーヒー。
同居人形のアレクが慣れた手つきでサイフォンをいじっている。
それだけ時間がたったということか。
私の視線に気がついたのか、アレクが手を止めた。
「どうかした」
「いや」
簡単に流して、手元の資料を広げた。
私の仕事は人形師。人形を造るのが仕事だ。
今回の依頼はブライダルサロンのディスプレイに使う人形。
オープン記念として特別な一体がほしいと話があった。
人形そのものは仕上がっており
改めて店側から受け取った資料とあわせる。
隣に座ったアレクが覗き込んだ。
「豪華なドレス」
「ブライダルサロンで展示される人形だからな。
ドレスも宝飾も、店の最高級だって聞いたよ」
「だから人形も時間かけてたんだ」
「見合うだけの質じゃないと、ドレスも宝飾も人形も潰す。
丁寧にはやったつもりだ」
最初は店を閉めて籠るつもりだったが
店が以前よりに賑わうようになった。
店を半日開けながらの作業になり
今回は時間がかかったと、自分でも思う。
「今でも十分綺麗だけど、ドレスと宝石つけたら
本当にお姫様みたい。
あ、でも花嫁はみんなお姫様か」
「その日だけの限定にはなるけどな」
「イツキってば、厳しいんだから」
「その一日が終われば現実の生活が待ってる。
だからこそ、現実を生きる糧にできる記念日になってほしいと思うよ」
「うん、、、そうだね。
イツキは、どんなお姫様が好きなの」
「どんなって、、、、何だそれ」
「ほら、お話にでてくるお姫様にもいろいろあるじゃない。
シンデレラとか、白雪姫とか、眠り姫とか」
「どんなって訊かれてもな」
考えたこともないが、私は頭の中に並べてみた。
あえて選ぶとしたら
「サンドリヨン(灰かぶり姫)かな」
「シンデレラ、、、、どうして」
「城の中で大切に育てられたお姫様より
苦労を重ねた経験のあるお姫様のほうが
よりよく、人の気持ちがわかるだろう。
どっちがいい悪いじゃなくて、それだけ経験は
大事なことだと思うよ」
ただ綺麗なだけの細い指より、仕事で使いこんだ
手の方が美しいという人もいる。
もちろん、経験を糧にできるかは当人しだいだが。
「なるほどね、、、」
何故か、アレクは深く頷いた。
「妙に強く納得するんだな」
「どこだったかな、テレビで見たんだ。
外国の結婚式で民間から初めてのお妃だって。
発表された談話で、同じようなこと言ってた。
一般国民の目線を持つからこそ
国民の気持ちを伝えてくれるはずだ」
「ああ、随分新聞も賑わってたな」
さほど大きな話題もないのか
ここ数日はその報道が盛んにされていた。
親族の中にも慎重な意見はあったが
最後は皇太子自ら説得にあたったという。
「それこそ、これからが本当の戦いだろう。
小さな失敗でも、それみたことかって騒がれる」
「華やかな場所ほど影は濃いか」
「お前はどうなんだ」
「え?」
「どのプリンセスが好みなんだ」
「僕は、、、」
アレクも少し考えているようだった。
「特に誰ってことはないけど
やっぱり想いやりのある人がいい。
ただ言った通りのことだけをするんじゃなくて
一緒に考えて立ち向かって進んでいける人。
もう、、、、僕には無理だけど」
「アレク、、、、」
「だけど、イツキの人形見てると楽しいし
今は今で悪くないって思ってるよ。
だからこれからも、素敵な人形造ってね」
そう、アレクはこの人形と言う器を出ても
人として生きられるわけじゃない。
今はろくに外だって歩けない。
それでも悪くはない、か。
アレクがそう言うのなら
今の私の仕事も多少は役に立っているのだろう。
「イツキ?どうかした」
「いや」
「あの人形、いつお店にいれるの」
「明日だ」
「じゃあ、写真撮ってきて。僕も見てみたい」
「わかった」
「このドレスなら、お姫様っていうより王女様かな」
ドレスを見ながら、アレクはショーウインドウに立つ花嫁を思い浮かべているようだった。
「あれ、そろそろじゃないのか」
「え、あ、ごめん」
アレクは慌ててサイフォンに駆けもどる。
私は再び資料に目を向けた。
「確かにプリンセスよりはクイーンだな。となるとディスプレイは」
未来の花嫁を迎える人形。
その眼差しに祝福を込めて佇むよう、女王に願いをかけよう。