透明な糸

キエヌ。夕暮れ時の通りを買い物帰りの人たちが行き交う。

袋の中身は夕食の材料だろうか。大切な誰かへのお土産か。

そんな人たちを眺めていると
ルディは不思議と優しい気持ちになれるのだった。

レイスたちのところに顔を出し、キエヌに戻ったあの日。

ルディは家へたどり着くことなく倒れた。

目が覚めたら病院のベッドの上で、胸の手術も終わったという。

アントワネットから聞いた話では
倒れた自分を見つけたのがたまたま医者で
勤めている病院も設備の充実した立派なもの。

そのまま手術になり、無事に成功して家に戻った。

奇跡としか思えない現実に、ルディはただ感謝をするだけだ。

「ルディ」

「アントワネット、、、」

ソファの後ろから、あたたかい手がそっとルディに触れた。

一番ほしかったもの。アントワネットと共に生きる未来。

それはアントワネットとて同じこと。

2人何も言わずとも、そっと想いが重なった。


アリエル、フィータ、オルガの3人がキエヌに入った頃には、茜色の空が夜の藍色に変わっていた。

宿に荷物を置き、一息つく。だが、フィータのとっては今が始まりのようだ。

「ん〜やっと着いた。ね、どこに遊びに行くの」

「、、、フィータ、もう夜だよ。それに、今回は仕事だと言っただろう」

アリエルにたしなめなれ、フィータはしゅんと小さくなる。

そのフィータの肩に、オルガの手が乗った。

「アリエルが仕事の間は俺といるって約束、守れるよな」

「うん、、、アリエル、これからお仕事?」

「いや、明日からだ。食事が終わったら早めに休もう」

フィータの落胆は目に見えてわかった。ゆっくりと言葉を選ぶ。

「仕事が落ち着いたら、3人で遊びに来よう。そのときは、ずっと一緒だよ」

「ねぇ、、、アリエル」

「ん?」

「僕がいると、アリエルはお仕事できないの?」

それは、思いもしない言葉だった。アリエルは返せない。

「アリエルのお仕事手伝えるようになりたいな、、、」

「フィータ、、、、ありがとう。
 (本当は、お前が引き継ぐべきものなんだろうな)」

立場上兄とはいえ、アリエルはフィータの親の実子ではない。

フィータが幼子のまま時を止めなければ、今の仕事はフィータが継いでいたのだろう。

そして、裏方に回るのが自分だった。だが時が戻るわけではないのだ。

アリエルの心境を何となく察し、オルガがそれとなく話を戻す。

「さ、飯にしよう」

「は〜い」

フィータの明るい声が返った。


「キエヌ、、、か」

アリエルたちとは別に取った部屋で、ゆっくりとグラスを傾ける。

このキエヌで男娼として生きていたことを、結局は話せずにここまで来た。

サルバスで会ったルディによれば、鳥かごはレイスが壊したという。

「、、、、また来るとはな」

時計の針が指し示しているのは、夜の蝶が飛ぶ時間。あの頃と変わらない町の明かりが揺らめいた。


「あの頃と同じ、、、賑やかな町だね」 

「疲れたか?」

「、、、少しだけ」

そっと、レイスに肌を寄せた。

レイスとガレリアがキエヌに入ったのも、夜になってからだった。

偶然か必然か、オルガたちがキエヌに入った日と同じ。

「来る前に連絡したほうがよかったかな」

「都合が悪ければ出直せばいい」

「、、、、昔を知ってる誰かに、会うと思う?」

「ガレリア、、、、、、」

「僕は、お客をとる前にレイスのものになったけど
 ほかの鳥と会うかもしれないよね。
 僕の知らない、レイスを知っている誰か、、、、ごめん」

その頃を知っている誰かに、このキエヌで会うかもしれない。

自分を優しく抱いてくれるこの腕が、他の誰かを抱いていた。

愚かな嫉妬だと、理屈ではわかっている。

レイスにだって過去があるのだから。

何より、自分がレイスに言ったではないか。

どんな過去でも出会うために必要だったのだと。

「、、、お前を離したくない。それだけだ」

昔の鳥に会ったとしても
何があってもガレリアを手放すつもりなどない。

それを伝えるかのように、レイスはガレリアに添えている腕に力を込めた。

そのぬくもりが、ゆっくりとガレリアを包む。

「レイス、、、、」

夜がゆるりとキエヌの町を包んでいた。


鳥カゴの主。カゴの鳥。レイス、ガレリア、オルガ、ルディ。関わった人々。

運命を司る手が見えない透明な糸を紡ぐ。この、キエヌという町で。


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