蝶の肖像画

夜になると人通りが多くなる。灯りに揺れる影がゆっくりと動く。

一夜の夢を買いにやってきた客は、並ぶ建物の2階を見ながら歩いていた。

その窓からは、夢を売る蝶が葉巻をくゆらし通りを見下ろす。

今夜の客は誰になるかと。

アリアンも、そんな蝶の中の一羽。同じように、通りを眺めていた。

「、、、また来てる」

アリアンが目に留めたのは、7日ほど前から姿を見せている男。

自分と同じくらいの年の男は、この場所には不釣合いだった。

歓楽街にもランクがある。

この通りは、金持ちを相手にしている高級店が集まる場所だ。

歩く人々は、着飾った相応の人種。

その中で彼は、飾り気のない質素な服だった。

とてもここに通いつめるような金持ちには見えない。

そしてなぜか、2階を見ずに真っ直ぐ進んでいた。

「決まった相手に通ってるのか」

男が目の前を通り過ぎて暫く後、部屋の扉を3回叩く音がした。

これが、客のきた合図。アリアンは扉を開けた。そこにいたのは

「あなた、、、」

さっき目の前を通り過ぎたあの男。

「、、、初めまして」

「どうぞ」

アリアンは男を中に入れた。


中に入った客は部屋を見渡し、ソファーに座った。

だが、アリアンを見ようとはせず、落ち着かない様子で手元を見る。

「名前、聞いてもいい」

「あ、えと、セイルといいます」

「セイルさんね。僕はアリアン。、、、初めてなの?こういう場所」

「はい、、、」

「でも、7日前くらいからこの通りに来てるでしょう。
 2階を見ないから、決まった相手がいるのかと思った」

「、、、、」

アリアンはキャンドルに灯りをつけた。

香料が入っているのか、甘い香りが立ち上る。

「でも、今夜は僕を選んでくれた。
 一夜の夢を買いたいのなら、僕が見せてあげる」

ソファーに乗り上げ、セイルに体を沿わせる。

肌蹴た胸元にセイルを抱き寄た。

「、、、大丈夫、夢だよ」

「あ、、あの待ってください。お願いがあって来たんです」

「、、、、」

アリアンは手を止めた。

「此処がどういう場所かくらいは、わかってるんだろうね。
 茶飲み友達がほしいなら場違いだ」

「10日ほど前、昼の公園であなたを見たんです。
 そのときに子供たちの相手をしていたあなたを、、、その
 いい笑顔だなって、、、それで、、絵のモデルをお願いできませんか」

10日前、久しぶりの休日だった。

足を向けた公園で、輪の中に入れず一人でぽつんと立っている子供がいた。

その子の相手をしていたところを、見られたのだ。

アリアンはソファーを降りて背を向ける。

「、、、お断りだね。ここの稼ぎ相当の額を払えるっていうのかい?」

「、、すぐには無理かもしれません。でも」

「いつかなんて当てのない話なら尚更だ。
 抱くつもりも、抱かれるつもりもないなら帰って」

アリアンは露骨に機嫌の悪さを出して言い放った。

だが、セイルは食い下がってきた。

「お願いします。一度だけでも」

「(調子狂うな、、、。こんな客初めてだ)」

この夜の姿を見た上での話なら、まだ受けたのかもしれない。

だが、昼間の自分を表に出すことに、なぜかためらった。

どうにか諦めさせる方法を考えてみる。そして思いついた。

「この金額を7日で用意できるなら考えてもいい。
 ここでの僕の稼ぎと、同等の額だ」

言いながらメモを差し出した。

そこに書かれていた額は、セイルが見たことも無い桁だった。

これで諦めると思った。だが、、

「、、、わかりました。やってみます」

この答えにアリアンはあきれ返る。

どうみたって、無名の画家が7日で稼げる額ではない。

「7日ですよね。、、、また来ます」

「ちょっと本気?あ、聞いてるの!」

メモを片手に、アリアンの呼び止めも聞こえていない様子で部屋を出て行った。

「出来るわけ無いさ、、、、」

アリアンは後姿に呟いた。


  BACK  NEXT